曖昧模様


(大前田+砕蜂(→檜佐木))





少しずつ変わっていく何か。

それは自分では解らないことの方が多いだろう。
特に、他人にも自分にも、なかなか興味を示さない彼女なら尚更。
向けられる感情を一瞥して冷たく突き放して、そうまでして何を求めているのかと考えたこともあった。

けれどそれは違ったのだ。

時を経て、彼女の後ろ姿を見続けて、やっと理解した。


彼女は本当の意味で、
何も求めてはいなかったのだ。

何も、期待していないとでもいうのだろうか。
心を動かす感情も、胸を甘く焦がす愛も。


だからこそ、珍しいと思った。






「大前田」


二番隊執務室。
隊首が使う大きな机の手前に置かれた長椅子に座り、いつも通り多量の書類整理をしていた時だった。
聞き慣れた上司の声に、大前田は顔を上げた。


「へい、なんスか」

「何故だと思う?」

「………へ?」


顎に手を当て、隊首専用の大きな椅子の背に珍しく深く腰掛けて、唐突にこちらへ疑問を投げてくる砕蜂に大前田は首を傾げた。


「…いや、あの、何がスか?」

「あやつは何故あんなにも不必要なほど他人に干渉してくるのだ」

「……は?」

「しかも隊長代理という激務の日々を送っているにも関わらず用もないのに此処へ来ては茶を飲んで帰るのだ」

「あー…」


珍しく自ら会話を切り出し尚且つ多弁な砕蜂に、大前田は書類をめくる手を止め頭を掻いた。

何となく、彼女が言うその『隊長代理』とやらが誰のことを言っているのか、解ってしまったから。


「それでいて、常時笑んでいる」

「………」

「意味が解らぬ」


ああもう何でこの人はこんな鈍感なんだ。

大前田は目の前で書類を持ったまま虚空を見上げ呟く上司に真実を告げてやりたかったが、それは自分がすべきことではなく本人が成さねばならない事だと重々承知の上で、大前田は口を開いた。


「…まぁ、アイツにとっちゃ、それが今一番幸せな時間、って事になるんじゃないスか?」

「どういう意味だ?」

「どうって…」


思いの外早い切り返しに一瞬たじろいだが一呼吸置いて、それは俺の口からは言えないっス、と苦笑してみせれば益々解らんと一瞥された。

戦闘に関しては全く隙がなく、それでいて鋭敏な程に研ぎ澄まされた感覚を持っている彼女が、どうして事このようなコトには有り得ないくらい鈍感なのか。

大前田は、熱烈なアプローチも虚しく終わってしまうような気がしないでもないその『隊長代理』を思って苦笑した。


「貴様は何か知っているのか」


まだ湯気の立つ茶を啜りながら、砕蜂は大前田に視線を向けた。
射抜くように見つめられて、何故だか自分が悪行を仕出かしたのではないかというような錯覚を覚えてしまうのがヤケに虚しい。


「お、俺は何も知らねっスよ?」

「………そうか」


酷く落ち着かなかったが幸いそれ以上彼について聞かれる事はなかったため安堵のため息が零れた。

次いで思ったのは、初めて彼女から他人への突き詰めた問いを投げられた事に対する、ちょっとした興味だった。


「……珍しいっスね」

「何がだ」

「隊長が、そうやって他人に興味持つの」

「!」


切れ長の瞳が僅かに見開かれたのを大前田は見逃さなかった。
何かにつけて任務だ誇りだ、とか、敬愛する主の事ばかり考えているものだと思っていたが。

少しは進歩してんじゃねえか、と大前田は彼女を想う後輩を想い浮かべ、柔らな笑みを作った。


「そう…かも、しれぬな」

「そうっスよ」


未だはっきりと解せぬのか、眉を寄せる砕蜂に大前田は笑いかけた。

彼が此処に来るのは隊長がいるから。
彼がいつも笑顔なのは隊長の前だから。

ねえ、砕蜂隊長。

今のアンタなら、
いつか、きっと、解る時が来ますよ。



「アイツも、1人の男ですからね」

「?」



酷く無防備なその顔が、また僅かに歪んだ。


きっと誰もが、望んでいること。

血に塗れた戦いの中で見つける、ひとひらの幸せを、同じように貴女にも、と強く願っている1人の男がいることを。








END.



恋、とかではなく少し人に興味を抱く砕蜂ってのが書きたかった。夜一以外の人間に感情を揺り動かされることがなかった彼女だからこそ、みたいな。
砕蜂はきっと恋事には物凄く鈍感なんだと思う。

大前田は密かに応援してればいーよ!







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