散る逝く

『心の蒼空』続編 (夜一×砕蜂)




咲いて嘆いて、乱れて泣いて、
散り逝く前に、気付いてしまった。

蕾の頃から知らない振りをして
切り捨ててきたものは容赦なく。


何故、あのまま
散り逝くことができなかった?

今になって、
甘い何かが心を蝕む。










「――も、申し訳ありませんっ、夜一様」

「なーに、仕方がなかろう。お主も忙しい身じゃ、それぐらい解っておる」


眉を下げ申し訳なさそうに謝る砕蜂に夜一は嫌な顔一つせず笑って答える。

今日の仕事は書類整理から新人の実技指導と、砕蜂には珍しくいつものような慌ただしいスケジュールから離れた著しく落ち着いたもの―――のはずだった。

だが、突然通達された護廷隊の虚討伐と隠密機動の暗殺任務のお陰でその予定は脆くも崩れ去った。


「しかし、せっかく時間を割いてご足労頂いたにも関わらず本当に…」


「あー…もう謝るのはよせ、砕蜂」


そう、今日は兼ねてから予定していた花見のため、夜一が来ていたのだ。

なかなか無い彼女の非番を待つまでの間、花が散ってしまう前にと、ならばできる限り予定の少ない今日ご足労下さいと少し前に告げたのは砕蜂だった。





ぽんぽんといつものように頭に手を置いてやれば照れくさいのか俯く砕蜂。

だが相変わらず申し訳なさそうに顔を歪める砕蜂に夜一は困ったように笑う。

暫し何か考える仕草の後、夜一はぽんと手を打った。


「ならば、砕蜂」


「……?」


「今から出掛けて見ぬか?」


「え」


驚いて顔を上げた砕蜂に「良いところがあるのじゃ」と夜一は得意気に笑った。





二番隊隊舎裏、
静かな森を駆ける二人。

元々、夜一が出掛けると言い出した頃には既に日が落ちており、それも夜の修練場の森だ。
余程真面目な者でないとこんな時間帯まで使われることはないため人の気配は皆無に等しく、辺りは風が木々たちを揺らす微かな音だけ。


「もうすぐじゃ」


前を行く夜一の後ろ姿を視界に入れながら砕蜂は辺りを見渡す。


こっちは、確か―――


ふと、視界が開けた。
鬱蒼と繁る木々たちの合間を抜け、辿り着いたそこは懐かしい場所だった。



「……着いたぞ」

「!」



そこは、かつて砕蜂が夜一に剣の振り方を教えられた――あの小さな空き地だった。

音もなく、夜一は地面へと降りる。
次いで手招きされ同じように砕蜂も続いた。



「ほれ、やはり……咲いておる」



そこを囲むように、凛と咲き誇っていたのは、あの頃と同じ桜の木々たち。

夜の月に照らされ、闇に溶け込むことなく色を放つそれはまさに神秘的なものだった。

砕蜂は、その眩しさに僅かに目を細め、微笑んだ。



風が吹き、木々がざわめく。
桜の花弁が静かに空へ舞い上がった。

月明かりのせいか一つ一つがやけに眩しく見える。

砕蜂は暫く、その花弁の美しさに魅入っていた。



「――…ここへ来い、砕蜂」


「……あ、はい」


いつの間に移動したのか、夜一はぽつりと他と少し離れた位置にある桜の木の下で胡座をかいていた。
手にはどこから取り出したのか小さな酒瓶。


ちょこんと夜一の隣に正座する砕蜂に夜一は微笑み、杯を渡す。


「覚えておるか、砕蜂」

「…はい、夜一様」


酒を注ぎながら懐かしむあの頃は、そうだ。主を護ることに命をかけていたのに、逆に主に護られてしまった、そんな自分がどうしようもなく無様で情けなく思い、ここで1人、剣を振るっていた。


――あの頃は、
夜一様に助けられてばかりだった。


何となく気恥ずかしくなって砕蜂は苦笑した。



「うむ、見事な夜桜じゃ」



隣で満足げに酒を啜りながら穏やかな顔を浮かべる夜一に、砕蜂は自然と心安らぐのを感じた。


「……本当に、こんなに綺麗な…桜だったのですね」


こちらに顔を向けず、呟くように発せられたそれは小さな声だった。


心が軋み、花を見る余裕などなかった昔の自分。

今も余裕があるかと問われれば疑問が残るが、こうやって何をするわけでもなく眺めることができるようになったのなら、幾分成長したのだろうか。

今になって、この木々たちの美しさを知った。

夜一はそんな砕蜂の言葉を理解しているのか「あぁ」とだけ呟き、また酒に手を伸ばした。



穏やかな時間が流れる。



二杯目を飲み終わった頃、コクリと隣の少女の頭が一瞬だけ傾いた。



「?……何じゃ、眠いのか?」


「…ぁ、い、いえっ全くそのようなことはっ」



ぶんぶんと激しく首を振り否定する砕蜂だが、その目は最早トロンとしている。それでも彼女は律儀に、正座した膝の上でピシッと音がしそうなほど拳を握り締め、必死に眠気と戦っているようだ。

咎めるわけでもなく「無理をするな」と言っても本人は「それでも私は起きていたいのです」と可愛らしいことを言ってのけた。

ただ単純に自分と一緒の時間を無駄にしたくないのか、はたまた今日の事を気にしているのか。

真面目で従順な彼女のことだから、後者だろうか、いや両方も有り得ると夜一は苦笑した。

せっかくの夜桜が勿体無いと思う気持ちもあるのか健気に目を開こうとする砕蜂だったが、やはり疲れには勝てなかった。





暫く黙って花を見ている内に、隣からコトンと小さな音が聞こえた。


「……お、っと」


向こう側に倒れそうになった砕蜂の小さな肩を寸でのところで引き寄せた。

手から滑り落ちたそのお猪口は既に空だったため濡れることはなかった。


確か酒には余り強くなかったはず、と顔を除き込めばやはり熟睡してしまっているようで。


夜一は静かにゆっくりと、その小さく華奢な肩を自分の膝へと導いた。


「疲れたじゃろう、砕蜂」


しっかり休め、と本当に小さな声で呟く。

「…ん」と微かに身じろぎする砕蜂に「返事のつもりか」と膝の上で寝ているにも関わらず夜一は肩を震わせ笑ってしまった。


本当にどこまでも真面目なやつだ、と。


今日も一日、自分のために仕事を早く終わらせようといつになく走り回っていたのだろうと容易に想像できる。


そう思っているうちに手は自然と彼女の艶のある黒髪に伸びた。
撫でるように触れるとサラサラと指通りよく絡みつく。

膝の上で気持ちよさそうに眠る少女、普段の顔つきとは違い、まだあどけなさの残る無防備な顔を見て、夜一は自然と頬が緩むのを感じた。


「あの頃は、逆じゃったな…」


思い出されるのは、あの夜。


夜一は、未だ月明かりに照らされ眩しく光る桜たちを見上げる。


時折吹く風が花弁を舞い上げ、幻想的な空間を作り出す。

春の夜とはこんなにも心穏やかにさせるものだったかと、考えたがすぐに違うのだとわかった。



膝の上で眠る小さな少女に視線を落とす。


そうだ、自分も――

この娘に救われているのだ、と。



思えば自分はあの頃から、妹のように大切に特別に想っていたのかもしれない。

白打も霊圧も申し分ない程、だがどこか危なげで目を離せば迷子になってしまいそうな存在で。

だから放っておけなかったのかもしれない。

だから側に置きたかったのかもしれない。


けれどそれは、いつしか夜一にとって違う感情を芽生えさせた。


単なる部下ではなく、仲間として、家族として、ただ一緒にいたいと、想うようになったのだ。


それは、とても甘い感情。



夜が一層深くなる。
反して月明かりはまた強くなった。

夜一は眠る砕蜂の頭に手を添え、目を瞑る。


今夜は本気でここで寝てしまおうか、と邪な自分が囁くが、朝起きて慌てふためく砕蜂の姿が目に浮かんで夜一はまた笑った。








END.


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夜一さんが膝枕って……なんか面白い(笑)




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