(大前田+砕蜂) ※血表現小








ほんの一瞬の迷いだった。


隠密機動の処刑任務、己の部下であっても任務とあらば顔色一つ変えることなく遂行してきたのは自分であったはずなのに。
否、そうあらねばならなかったのだ。
感情を殺し、体が赤く汚れようが関係ない。任務のためなら、己をも犠牲にする。


だが―――今のこの有り様は、何だ。







揺らぐ、感情











「隊長ォ!!」

「…ッ、大前田か」


大前田が息を切らせ駆けつけた先には、壁に背をつけ苦しげに息を吐く砕蜂の姿があった。見れば隊長の証である純白の羽織りはべっとりと赤く汚れており、辺りにも血の匂いが充満していた。


「――っちょ、え、どどどどうしたんスかそれ!」

「……別に、たいした傷では、ない」


そう告げたものの俯き脇腹を抑えながら荒い息を吐く砕蜂の言葉はまるで説得力はなく、大前田を焦らせた。


「って血ィめちゃくちゃでてるじゃないスかッ!早く四番隊かどっか……」

「大、前田」

「ッ!」



「ここで、引き下がる、わけには……いかない」


「隊長……」


漆黒の瞳に力が戻る。
少しの間、それは静かに、けれどもはっきりと聞こえた。



「……裏切ったのは、私の部下だ」


「けどッ」


「――私がやらずに、誰がやる……ッ」



視線は合わせなかったが、そう告げた砕蜂の目は、強い意志が込められており、大前田はそれ以上言い返すことができなかった。


「ッつ、……ぅ…ッ」


「隊長ッ」


苦しげな声と共にぐらりと砕蜂の体が傾いた。
慌てて大前田は砕蜂の華奢な肩を掴み、支える。寸でのところで倒れるに至らなかったが、その場に片膝を着いた砕蜂の顔色は先ほどよりも悪く傷が深いことを解すには十分だった。


「…ッ、……だい、じょう、ぶだ……」

「…ッ」



傷ついた砕蜂の姿に大前田は唇を噛み締める。
こんなにも小さく、こんなにも華奢にも関わらず反比例した霊圧と強さと、威厳を兼ね揃えている自隊の隊長が、こうも弱った姿を見たのは、大前田には初めてのことだった。


思うのは己の無力か、それとも。


(肝心なときに、俺は……)



無意識に肩を支える手に力が込められる。



「甘くなった、ものだな…私も、」


「!」



大前田が言葉を紡ぐ前に砕蜂は口を開いた。
ぐぐっと力を込めて砕蜂はゆっくりと立ち上がる。



「あ、ちょ、たいちょッ、動いちゃだめですってッ」


大前田は声を上げるが砕蜂が止まることはなかった。支える大前田の腕を静かに手で征すと、砕蜂はそのまま歩き出した。



「……、いくぞ。大前田」


「……ッ…」






(つれェのは、隊長の方だ。なのに、なんで……)




大前田はもう何度目か、唇を噛み締める。
少し、血の味がしたがもう構わない。


(なら、俺が)


(隊長の背中を、守りゃいいだけの話じゃねぇか)


らしくなく考え込む自分の思考を無理矢理押さえ込み、大前田は拳に力を込めた。
砕蜂の変化に気づいていない訳がなかった。自分たちにとって感情とはいつだって命を奪う枷になる。一瞬の迷いは、命取りなのだ。
それを誰よりもわかっているのは、紛れもなく、砕蜂自身だ。



「……ついていきやすよ、隊長」



―――なら自分が、支えればいい。




言葉では、なんと簡単な答えなのか。



死神である自分たち、一片の迷いで命を落とす者たちは確かにいる。隠密では尚のこと。闇に生きる自分たちだからこそ。
しかし、生きている限り、感情を無にすることなんてできない。
それが例え隠密の者であっても、死神であっても、自分たちは生きている。


いっそ闇に溶け込んでしまえたら、どれだけいいことか。



終わりの見えない思考を打ち切り、大前田は尚も歩き続ける砕蜂の背を真っ直ぐに見つめると、その背に向かい歩みを進めた。







END.






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