とある女性について

CASE2 シオン


初めて彼女を視界に捉えた時、私は「なぜこんな所に妊婦が居るのよ、馬鹿じゃないの」と思ったのを覚えている。反乱だとか私には知った事ではないけど、でもそんな事をしている組織に身を置いているべきではないのは事実だし、救いようがない程の馬鹿なのか、そうまでしなければいけない「何か」が彼女にはあるのか。

どちらにせよ、私には関係のない事だった。私の目的に邪魔にならないのなら、別にそれで。

けれど、次の領主(スルド)を倒すためにシスロディアへ向かうというのに、それに同行するなんて冗談じゃない。絶対に反対だった。契約だとしても、正気じゃないわ。本人はいいかも知れないけれど周りはいい迷惑だし、お腹の中で生きている子は、どうなるかわかっているの?

強く反対したわ。これでもかってくらい、思いっきり反対した。妊娠している上に片目を怪我して包帯で覆っているなら、なおさらだわ。けれど彼女は付いて来る事になってしまった。つい何度も悪態を吐いてしまって、その度にアルフェンやジルファに注意される。申し訳ないとは心のどこかで思っていたけれど、私には時間がない。

一刻も早く領主(スルド)を全員倒して、そして……――

嗚呼、でも、そういえば彼女は私を「レナ人だから」と睨んだり、嫌ったりはしていなかったように感じていた。他のダナ人はそれを理由に信用出来ない、光り眼なんかが、と憎しみを向けていたのに対して、彼女にはそういうのが、なかった。

レナは三百年もの間ダナを支配し、奴隷として扱ってきた。彼女だって奴隷だったはず。他のダナ人みたいに、レナ人に強い憎しみを持っていたっておかしくないのに。ジルファも三百年分の憎しみをひとりに向けるべきじゃないと言っていた。彼女が話す相手はジルファ相手だけで、それも毎回必ず人から距離を取って、小声で喋っているから内容もわからない。それでも、彼女が私に向ける瞳に軽蔑や憎しみは一切なくて、だからと言って優しいとも、無関心とも違う。

不思議な瞳だった。まるで私の心を、奥底まで見抜かれているんじゃないかと思ってしまう。ジルファとですら必要以上に会話しようとしていないから、余計に。一番不思議なのは、私の目的には足手まといなだけで、邪魔でしかない妊婦の彼女を……ひと言も交わした事のない、彼女を。私が好ましく思っている事だわ。意味がわからない。私は彼女の事を何も知らないし、彼女だって私の事を何も知らないのに。

アルフェンがジルファに尋ねているのが聞こえた。彼女は何者なのか、と。私も知りたくて聞き耳を立てる。

「お前が奴隷を解放する剣なら、彼女は戦いの先にある未来の希望そのものだ」
「彼女が、希望?どういう意味だ?」
「言葉通りだ。それ以上でも、以下でもない。ただ単に、存在そのものが希望なんだ。だから命を懸けて守る価値がある」

どういう事なの?それ以上は答えなかったけれど……でも、そうね。私には関係のない事だわ。

そう。関係ない。

だからジルファを欠いて街外れの小屋に逃げ延びた時、私は星霊術を使ったリンウェルに本当の事を話させるために向けた銃口を、彼女にも――向けた。


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