魔核(コア)奪還編

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彼の話も大して聞かずに蹴り飛ばすと、あっさりと開いてしまう。拍子抜けしたカロルにユーリはくしゃりと彼の頭を撫でて優しさを孕んだ目で言った。

「カロル先生の手を煩わせる代物じゃなかったな」
「そ、そうだね」

乾いた笑いを零すカロルとユーリとを見て、リタが「馬鹿っぽい」と呟く。空元気に先導するカロルの背中に向かって聞こえるように、ユーリは意地悪く言う。

「足突っ込んだら、がばっと食い付かれたりしてな」
「えぇ!?」
「平気みたいだな。入るか」
「な、何、ボク実験台!?」

冗談だと軽い口調で告げて下りていくユーリの背中に、地団太を踏みながら抗議するカロル。振り向かないまま「アイナの事頼んだぞ」と間延びした感じで言われて、彼は固まった。リタとエステルがユーリに続いて下りていく。それでもまだ困惑している様子のカロルに、ハルカは彼の頭を撫でながら口を開いた。

「ほら、アイナって暗所恐怖症でしょ?だからカロルに守って欲しいんだって」
「……ラピードが居るのに、なんでボクが」
「ラピードは寄り添う事は出来ても、言葉をかけながら手を繋ぐ事は出来ないでしょ?だからだと思うよ。ほら、ユーリだって今まで薄暗い所を歩く時は馬鹿みたいにくっ付いてたじゃん?ラピードはなんとなくわかるけどユーリがそうするのは、なんか変だと思わなかった?」
「思った、けど……」

だからどうしたのか、何が言いたいのか。カロルは理解出来なくて俯く。するとハルカはしゃがんで彼の頬を両手で包み、真っ直ぐに見詰めた。

「信頼してる人や大切な人の言葉とか、体温とか。そういうのが怖いって気持ちを軽くする事があるでしょ?ユーリは今までそれを実行しながら歩いてた。けどさ、この階段は?先も見えないし、シャイコス遺跡の時みたく誰かがどんな場所か詳しく把握してる訳じゃない。そんな場所で、いつもみたいにユーリがアイナとラピードと並んで、ベタベタくっ付いて歩いてる所に魔物が現れたら?」
「あ……」
「ユーリがどんだけアイナを大事にしてるか、カロルも感じてるよね?大切な人が苦手な場所で、自分はいつも先頭で戦うのに、いつもみたいに隣に恋人くっ付けて歩くやつかな、ユーリは」

そう問われて大きく首を横に振ったカロルに、ハルカは続ける。

「だよね。かと言って信頼してない相手に恋人預ける人でもないでしょ?カロルは軽い感じでユーリの恋人を任された。それってつまり、言わないだけで信頼してるって事じゃないかな。ユーリってアイナに関しちゃ超シビアだから、元気付けようとかって理由でそういう事するタイプでもないし」
「……うん」
「だからさ、今日は魔物に突っ込んでくのユーリに任せようよ。誰かの大切な人を信頼して預けられるって、最前線で戦うよりも重大任務だと思うな、あたし」

カロルの瞳にあった困惑が消えていくのが見えた気がして、ハルカは立ち上がる。すると入れ替わるように、ずっとラピードと一緒に黙ったまま立っていたアイナが彼の目の前でか細い声を出した。

「お願い出来る?」

そう言われ、カロルはいつもの調子で任せてと胸を張り彼女の手を握る。するとハルカとラピードまでもが、ユーリ達の後を追って先に行ってしまった。取り残されたカロルは任された女性を見上げる。自分が守らなくてはいけないと思うと、少し怖くなった。けれどひとりで何とか出来そうになかったら大きな声を出せばいいと考え直し、アイナと並んで歩き出す。暗闇を見詰める彼女の手が震えたのが繋いだ所から伝わり、少しでも安心して欲しくて握り返した。

が、先に後を追ったハルカとラピードと対面する事になって驚く。どうしたのか訊く前に、彼女は拗ねた風に言った。

「なんか、上にあった魔導器(ブラスティア)の起動スイッチみたいのあってね、もうシャイコス遺跡の時みたいにビャーってして起動させたんだって」
「ビャーって……」

わかるようでわからない表現にカロルは肩を落とす。よく見るとハルカの後ろにユーリ達が居たので、彼女達も途中で対面したのだろうと思った。

シャイコス遺跡の時みたいに、という事はソーサラーリングでも使ったのだろう。そういえばリタがユーリに預けたままになっていたはずだが、あれから返したのか気になった。けれどリタが旅に同行している時点で、ユーリが持っているのだろうという結論に至る。あの時だって、彼女は前線を歩く彼が使った方が効率はいいと言っていたし、これからもそうするのだろうと。

すぐに引き返して最初に見付けた魔導器の所に戻ると、やはり先程ユーリ達の発見したのが起動装置だったらしく動いていた。早速触れようとしたカロルにチョップを食らわせたリタは冷静に、この状態でもシャイコス遺跡の時と同じように魔核(コア)にエアルを充填しないと動作しないと言う。

そこでユーリがあの時のようにソーサラーリングを使った。すると何か光の膜に覆われた彼らは少し宙に浮き上がり、こちらの意志に関係なく漂ってはすぐに着地する。つい先刻までとは違うが、目の前にあったのに行く事が叶わなかった場所に居たので、ハルカは簡易エスカレーターという感じかなとひとり思った。

カルボクラムの移動方法がこれで理解出来たハルカ達は、あちこちに点在する転送魔導器(キネスブラスティア)を利用しながら探索を続ける。時々廃墟となってしまった家を通り抜けないと行けないような場所もあったり、旅の必需品であるグミやボトルが落ちていてラピードがせっせと拾っていた。何かが書いてあるメモも持って来ていたが、ハルカはこの世界の文字を読む事が出来ないので必要な物なのかどうか判断出来ない。が、あのラピードが拾って来たのだから用途があるのだろうと思った。しかしこんな廃墟に落ちているグミやボトルは本当に使っても大丈夫なのだろうかと不安になる。

ハルカとアイナの故郷である世界にだって、薬には使用期限がある。それはこの世界も同じではないのかと疑問に思ったが、ラピードがあちこち臭いを拾っているのを見て思い出した。

「(そうだ、ラピードは犬だから鼻が利くんだった)」

正確にどのくらいの差があるのかハルカは知らないが、人間と犬とでは鼻の能力が桁違いだ。犬種や個体差だって当然あるだろうが、人間である自分達が判断するよりよっぽど信用出来る気がする。

しかしながら、不思議なのは別の所である。

「ねぇ、ラピードってなんで物拾って来たり魔物から盗んで来たりするの?」
「さぁ?オレは知らないんだよな。いつの間にかするようになってて」

なんでだ?と首を傾げながら後方でカロルと手を繋いで歩く恋人に目を向けるユーリ。彼女は言いたくないとでも訴えるように、あからさまに顔を逸らした。どうやら、きっかけはユーリだと考えて間違いないらしい。何せアイナは誤魔化すのが苦手だ。

だったらどうしてだろう、とエステルとカロルが首を捻りハルカもお手上げ状態。ユーリ自身はなんとなく察したのか、居心地悪そうな顔をしている。わかったのなら彼に訊こう口を開いた時、リタが呟くように言った。

「どうせ、あんたが無職で甲斐性なしだからでしょ。グミとかボトルだって使用済みじゃなかったら店で売れるし、ちょっとでも助けたかったんじゃないの?」
「クーン……」

肯定するみたいにラピードが鳴いて、ハルカ達は思わず「あぁ」と声を漏らして納得する。

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