魔核(コア)奪還編

63


彼は左腕を両手で掴んで止めるアイナを振り払い、荒い歩調で真っ直ぐにフレンへ向かう。

「ユーリ、お願いだから落ち着いて!不可抗力なの!フレンはなんにも悪くない!!」

フレンの正面に立ち彼を睨むユーリの腕を、もう一度掴んでアイナが叫ぶ。ユーリには愛しい人の声すら耳に届いていないようで、眉ひとつ動かさない。
何がどうしたのか心当たりのないエステル達は困惑していた。ハルカも唐突過ぎて頭が付いていかない。しかしフレンは冷静な音でアイナの名前を呼んだ。

「いいんだ。ユーリの気持ちは、よくわかる」
「でも」
「アイナ、ユーリの腕を放すんだ」

納得はしていないが渋々、という様子でユーリの腕から手を放すアイナ。直後にユーリの拳が思いっきりフレンを殴った。エステルの短い悲鳴が響く。二、三歩よろめいて後ろへ下がったフレンを背中に庇ってユーリを見上げたアイナが、少しだけ声を震わせて外の空気を吸いに行こうなんて言った。

あぁ、と短い返事をしたユーリがまた荒い歩調で部屋を出る。小走りで追いかけたアイナに、それまでおとなしくお座りしていたラピードが寄り添って続いた。

「……お恥ずかしい所を」
「いえ……でも、どうしてユーリはあんな事をしたんです?」
「……あ、もしかして、さっきの着替えの時の?」

やっと思い出してハルカが呟く。言ってからハッとした。言ってはいけない事じゃないか、と。しかしフレンはすぐ頷き、言葉を続けた。

「彼女は昔、誘拐され魔導器(ブラスティア)の人体実験をされていた過去があります。その惨い傷が体に残っているのです。助けたのが私の父でしたが、結局犯人はわからず仕舞いで……」
「あたし、誘拐されたのは知ってたけど、実験の事とか知らなかったから驚いちゃって……それでフレンを部屋に引きずり込んじゃったんだよね。着替え中だったのに」
「いくら不可抗力とはいえ愛する女性の素肌を見られたら、相手を殴りたくもなります。ユーリが相手でなければ殴らせる気もないですが、説明するためとはいえ見てしまった私に非がありましたから」

咄嗟にフレンの話と合わせて発言はしてみたが、おかしくなかったか不安に駆られる。そうだったんですか、と小さく零したエステルと俯いたカロルは納得してくれたようであったが、リタは何か深く考え込んでいるようだ。彼女はとても頭がいい。ほんの少しの綻びでも見抜かれてしまうかも知れない。ハルカはそれが怖かった。

重苦しい空気が部屋を包んで居心地が悪い。ためらいなく柔らかい声色を落としたのは、エステルに向き直ったヨーデルだった。

「あなたは、どうされるのですか?」
「……私は、このまま旅を続けてもいいのでしょうか?」
「なぜですか?」
「ユーリ達と旅をしてみて色々と変わった気がするんです。帝国や世界の景色……それに、私自身も」
「そうですか……わかりました。ハルカ」
「はいはい、なんじゃらほい」
「ユーリとアイナに、彼女を頼むと伝えておいてくれ」
「ん〜、わかった〜任してちょ」
「い、いいんですか!?」
「私がお守りしたいのですが、今は任務で余力がありません。それに、ユーリとアイナの傍なら私も安心出来ます」
「フレンは、ふたりを信頼しているんですね」

嬉しそうに笑うエステルに強くフレンが頷き、リタがひとつ長い息を吐き出してから出発を促した。

一方その頃、散策していたユーリ達はラゴウの屋敷前で会ったレイヴンと鉢合わせていた。ちょっと噛み気味に久しぶり、なんて言う彼からアイナを守るように前へ出たユーリが目を細め、隣でラピードも静かに睨み上げている。

「挨拶の前に言う事があるだろ」
「挨拶よりまず先にする事?うーん……」
「ま、騙した方よりも騙された方が忘れずにいるって言うもんな」
「俺って誤解され易いんだよね」
「無意識で人に迷惑かける病気は医者に行って治して貰って来い」
「そっちもさ、その口の悪さ、なんとかした方がいいよ?」
「口の減らない……あんまフラフラしてっと、また騎士団にとっ捕まるぞ」
「騎士団も俺相手にしてる程暇じゃないって。さっき物騒なギルドの一団が北西に移動するのも見かけたしね。騎士団はあぁいうのほっとけないでしょ」
「……物騒なギルドか。それって、紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)か?」
「さぁ?どうかな」

恍けるレイヴンにユーリは長く重い息を吐き出す。その様子に苦く笑ってから、アイナは一歩前へ出てレイヴンを真っ直ぐ見上げる。

「レイヴンさんは、なぜあの屋敷に?」
「ん?まぁ、ちょっとしたお仕事でね。聖核(アパティア)ってやつを探してたのよ」
「聖核?なんだそれ?」
「あぁ……えっと、魔核(コア)の凄い版、だってさ。あそこにあるっぽいって聞いたんだけど見込み違いだったみたい」
「ふーん……聖核、ね」

それよりも、とレイヴンはアイナひとりを瞳に映す。緊張したみたいに肩を上げた彼女を咄嗟に背中に隠したユーリの姿に、苦笑いしてからレイヴンは目を細めた。微笑ましいとも悲しげとも取れる、なんとも複雑な視線だ。

「メルゾム・ケイダって、アイナちゃん覚えてる?」
「あ、はい。もちろん、覚えてますけど……それが何か?」

レイヴンの口から次に出て来た言葉に、アイナの耳は音を遮断する。頬を撫でる風が変に冷たかった。

「あ、ユーリ、アイナ!おーい!」
「あんの、オヤジ……!!」

カロルの声が聞こえる。リタの声も聞こえる。目の前でレイヴンが頬を引きつらせながら乾いた笑みを零している。アイナの視界はそれきり黒に染められた。なんて事はない、ユーリに引き寄せられ、その肩口に額を押し付けられているのだ。

「逃げた方がいいかねぇ、これ」
「ひとり好戦的なのが居るからな」
「待て、こら!ぶっ飛ばす!」

遠ざかっていく足音と、近付いてくる足音。たくさんの足音に交じったリタの怒号が耳を刺激するけれど、アイナにはなんだか遠い所で起こっているみたいに音が遠い。
そんな彼女を抱き締めたままで居るユーリは、呼吸を整えているカロルを見下ろしていた。

「はぁ……はぁ……なんで逃がしちゃうんだよ!」
「誤解され易いタイプなんだとさ」
「え?それ、どういう……あれ?アイナ、どうしたの?」

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