魔核(コア)奪還編

39


彼女の言葉をハルカが優しい微笑を浮かべながら肯定する。
リタはますます顔を赤く染めて、エステルは更に嬉しそうに笑った。



ひらり、ひらりと美しく花弁が舞い踊っている。
ハルルの街に戻ってきたユーリ達の瞳に再び映り込んだそれは、つい昨夜見たばかりでも美しさに息を飲んでしまう。しかしリタだけが、その愛らしい顔をしかめた。

「げ、何これ、もう満開の季節だっけ?」
「へへ〜ん、だから言ったじゃん。ボクらで蘇らせたって」

胸を張って左手は腰に、右手で鼻を擦ったカロルの頭にチョップが落ちる。見舞ったのはリタだった。彼女はカロルの抗議に耳を傾ける事もなく、そのまま街の奥へ走って行った。

そこへ彼女と入れ違うように、ルルリエの花弁をくれたおじいさんが現れた。

「おぉ、皆さんお戻りですか。騎士様の仰った通りだ」
「あの……フレンは?」
「残念でしたな……入れ違いでして。結界が直っている事には、大変驚かれていましたよ」
「あの……どこに向かったか、わかりませんか」
「いえ、私には何も……ただ、もしもの時はと手紙をお預かりしています」

手紙、と聞いて落ち込んでいたエステルの目が輝きを取り戻す。ユーリは自分に差し出されたそれを素直に受け取って中を見ると、そこには下手くそなユーリの顔が描かれていた。もう一枚はアイナの顔だ。

「え?こ、これ手配書!?ってな、なんで?アイナのまである!?」
「ちょっと悪さが過ぎたかな」
「い、いったいどんな悪行重ねてきたんだよ!」
「これって……私のせい……」

カロルとは別の意味で青ざめるエステル。ハルカも背伸びして覗いてみた。酷い絵だ。

「なんだ、このへっったくそな絵!ユーリはいいけど、アイナこんなブサイクじゃないし!ふっざけんな誰が描いたんだ!」
「え、怒るのそこなの?ハルカ……」

今度は呆れたみたいにカロルがハルカを見ていたけれど、ハルカは気にしなかった。アイナもユーリの隣で自分の手配書を見ている。が、別に気にしているような感じはないように思えた。

「こりゃ、ないだろ。たった五千ガルドって」
「まだいいじゃん、ユーリは。私なんかユーリの半分だよ?」
「脱獄と逃亡援助にしては高すぎだよ!他にもなんかしたんじゃない?」
「うーん、他には身に覚えはないけど……」

アイナの言葉に、カロルは「じゃぁ、なんで」と考え込み始める。
エステルは気付いていた。フレンが預けたのが手配書だけではない事に。ユーリの手には、手配書よりも随分と小さい紙が一枚あったのだ。勿論アイナも気付いている。しかしエステルの立ち位置から読めない。なんて書いてあるのか知りたくてそわそわしていると、それを察してくれたアイナが内容を音読してくれた。

「僕はノール港に行く。早く追い付いて来い……だってさ」
「ったく……余裕だな、フレンのやつ」
「それから暗殺者には気を付けるように、だって」
「なんだ、やっぱり狙われてんの知ってんだ」
「なんか、しっかりした人だね」

考えるのを止めたのか、カロルは目を丸くしながらそう言う。それよりもハルカが気になったのはユーリの口ぶりだ。自分が手紙を持っているくせに読んでいなかったみたいな言い方じゃないか。彼の事だから、たぶんアイナが声に出して読むまで目を通す事もしなかったのだと思うけれど。

ユーリはエステルに向き直った。いつもより真摯な瞳で彼女を見詰めて言葉を紡ぐ。

「身の危険ってやつには気付いてるみたいだけど、この先どうする?オレ達はノール港に行くから伝言あるなら伝えてもいい」
「それは……でも」
「ま、どうするか考えときな。リタが面倒起こしてないか、ちょいと見てくるから」

どうすればいいのかもわからない。今、自分がどうすれば最良なのか。その答えを教えて欲しいと心底思う。けれどユーリは、問いはしたが答えはくれなかった。
身を翻してユーリが街の奥へ足を進める。珍しくひとりで遠ざかっていく黒い背中を、エステルは自分が情けなくて見る事も出来なかった。



樹の根本から天を仰ぐリタの姿を発見したユーリは、その呆然とした横顔に声をかけず、ただ近くで歩みを止めた。足音か、もしくは気配で知ったのだろう。リタはそのまま、まるで独り言を言うみたいに呟いた。

「何よ、これ。こんなのあり得ない……満開の季節でもないのに花がこんなに咲いて……結界もずっと安定してる。ほんとに、エステリーゼとアイナがやったの?」
「なんで、アイナとエステルなんだよ」

努めて平然と、努めて冷静に、静かに問う。すると視線が交わった。

「アスピオを出る前に、カロルが口滑らしたでしょ?あんたがはぐらかしたけど」
「ばれてりゃ世話ないな。で、なんでアイナなんだ?」
「街の人に聞いたわ。長い黒髪の女性の姿が見えなくなってから歌が響いて、それを聞いていると護られているような気持ちになった。エステリーゼの声以外に、もうひとつ女性の声がしたってね。こんな真似されたら、あたしら魔導士は形なしよ」
「商売敵はさっさと消すんだな。そのために付いて来てるんだろ?」

互いに相手を探る色の瞳だった。が、しかしリタの色がユーリの発したひと言で突然変わる。馬鹿にしないで。そんな風に言っているような、そんな瞳だ。

「そんな訳ないでしょ!?あたしには解かなきゃならない公式が……!」
「公式がどうしたって?」

先に逸らしたのはリタだった。けれどユーリの目は、真っ直ぐにリタを捕らえる。まるで射抜くように。

「……なんでもない、忘れて。で、あんたの用件は何?そのために、ひとりで来たんでしょ」
「ま、半分くらいは今ので済んだ」
「なら、もう半分は?」
「前にお前言ったよな。魔導器(ブラスティア)は自分を裏切らないから楽だって」
「言ったわね。それが?」
「アイナもエステルもお前も、人間だ。魔導器じゃない」
「……あぁ、そういう事。あの子達が心配なんだ。あたしが傷付けるんじゃないかって」
「アイナはあれで意外と警戒心強いけど、どっか抜けててのほほんとしてる。エステルは、オレやお前と違って正直者みたいだからな。無茶だけはしないでくれって話だ。ほら、戻ろうぜ。アイナ達が待ってる」

勝手に話を切り上げたユーリは、ここへ来た時と同じくひとりで歩き出してしまった。

- 46 -

[*prev] [next#]



Story top

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -