魔核(コア)奪還編

35


ここは最深部だろうか。まるでユーリ達の行く手を阻むように、巨大な石像が現れた。

どうやらこの石像も魔導器(ブラスティア)の一種らしく、視界に捕らえた瞬間に駆け寄ったリタが調べている。あるはずの魔核(コア)が失われているらしかった。ハルカは、リタが悔しそうに唇を噛んだのを見たが、何も声をかけられない。

その時、ラピードの耳がピクリと動いた。威嚇するような姿勢で唸り、上を睨んでいる。彼の様子に真っ先に気付いたアイナは視線を追って、静かに口を開いた。

「ねぇ、リタ。リタのお友達が来てるみたいだよ」

そのひと言に全員の視線が、ひとりと一匹と同じ上へ動く。上の階にアスピオの研究者達が着ているローブを見にまとった人物があった。はぁ、とため息を吐いて面倒臭そうに振り返ったリタは、やっぱり面倒臭そうな声を出す。

「ちょっと、あんた誰?」
「わ、私はアスピオの魔導器研究員だ!」
「……だとさ」
「嘘っぱいねぇ」

ユーリが言って、ハルカも言う。確かに言葉を発しなかったら、アスピオの研究員そのものだ。アスピオで見た研究員が全員着ていたローブと、同じ物を身にまとっている。フードも深々と被って顔が見えない上に陰気臭い感じも、そのものだ。けれど、たったひと言なのに、なんだか胡散臭い感じがした。

「お前達こそ何者だ!ここは立ち入り禁止だぞ!!」
「はぁ?あんた救いようのない馬鹿ね。あたしは、あんたを知らないけど、あんたがアスピオの人間ならあたしを知らない訳ないでしょ」
「アスピオじゃ超有名人だもんね、リタ」

ハルカが何気なく、けれど付け足して言うとそのローブの人物は思いっきり舌を打った。ローブの奥から聞こえてくる声は低いし「彼」と呼んでも間違いはないだろう。
彼は突然走り出した。ユーリがいつものように鞘を飛ばす。アイナも剣を構えたので、ハルカも腰に佩く二丁の銃を軽やかに抜いた。

「邪魔の多い仕事だ。騎士といい、こいつらといい!」

立ち止まって吐き出す。彼の真下に、石像があった。まるでユーリ達に見せ付けるように右手を天へ突き上げる。手に何かが握られていた。その何かがするりと落ちる。すると突然、石像が青い光をたたえて動き出した。

「うっわー、動いた!」

カロルは少し逃げ腰になりながら言う。自分の二倍も三倍も、それ以上もありそうな大きさのそれが怖くない訳がない。それでもカロルは、震えながらしっかり見据え武器を構えていた。ハルカも息を飲む。

動き出した巨大な石像は、エッグベアよりも立派な腕でリタを吹き飛ばした。彼女を呼ぶ声が幾重か重なる。リタは柱に背中を強打し、崩れ落ちた。そこへ慌てて駆け寄ったエステルは、すぐに治癒術を唱える。

その時に彼女を取り巻いた方陣に、リタは大きな目を丸くした。咄嗟に魔導器を着けている右手を取って凝視する。

「あんた、これって……」
「な、何!?」
「今の……」
「え、え?私はただ、怪我を治そうと……」
「エステル、リタ!危ない!!」

ハルカの悲鳴のような叫び声に、ふたりは我に返った。石像がまた腕を振り上げている。避けようにも間に合わない。リタを護るようにきつく抱き締めたエステルは、ぎゅっと目を閉じた。けれどリタは目を逸らせなかった。

まるで疾風のように突然、石像と自分達との間に誰かが滑り込む。後ろ姿からその誰かがアイナだという事は、なんとか理解出来た。

「妖精達よ、激しく舞い踊り我が敵を討て」

目の前で何が起きているのだろう。混乱の残る脳のまま、リタはアイナの詠唱を聞いている。

「アリーヴェデルチ!」

アイナの凛とした声が響いた次の瞬間、石像の足元に強いつむじ風が起こった。起こったのと同時に、彼女は背を向けたままリタを抱くエステルの名を叫ぶ。はっきりと返事をしたエステルは、呆気に取られているリタの腕を引いてその場を離れた。横目で彼女達が避難したのを確認すると、自らも逃れる。ハルカは、それを援護しようと何度も引き鉄を引いていた。

充分に間合いを引いたアイナは、未だつむじ風の中に居る石像に向き直った。そして、その細い腕で天を仰ぐ。

「天へ!」

彼女の唇から紡がれた言葉に従うように、風は更に勢いを増してあの巨体が高く吹き上がる。そして風が止んだ直後に轟音と共に床に転がり、動かなくなってしまった。

リタは、あり得ないと心底思った。なぜなら、あのアーリヴェデルチという風の魔術は、魔術の中でも簡単ではないものだ。下級、中級、上級とランクが付けられる中でも中級に属する。あんなに短時間で詠唱が出来る術では、決してないのだ。

「(それに、あれは…)」

そこまで考えて、止めた。目の前の石像は動こうとしているが、動けないでいる。今すべきなのは考える事ではない。この大きな、大きな魔導器を完全に止めなければ。そう考えたリタは、石像に歩み寄ってしゃがんだ。

「あとは動力を完全に絶てば……ごめんね」

動力を、絶つ。それはリタにとって魔導器の命を絶つ事だった。自分の手が少し震えているのも無視して、リタは目の前の魔導器を殺した。光を失ってしまう。もう一度だけ、今度は誰にも聞かれないように謝った。

「リタ」
「……何よ」

呼んだのはハルカの声だった。振り返らなくても、なんとなく彼女がどんな顔しているのかわかってしまって、なんだか見たくない。ハルカは、きっと。

「あいつ早く追っかけて、一発ぶん殴ってやろ!」

きっと、明るく笑っているんだろう。どうしてそれが予想できてしまったのか、リタにもわからない。

「馬鹿ね。一発じゃ足りないわよ」

だからリタは、ニヤリと不敵に笑った。そこへ遠慮がちに、エステルが声を出す。彼女を見ると、なんだか戸惑っているように見える。

「あの……フレンは、いったいどこに」
「あんな怪しいのがチョロチョロしてるのに、騎士団なんて居ないと思う」

思った通りの質問に、ハルカは苦く笑いながら返す。エステルは項垂れたが、今はそれどころではないとユーリが「行くぞ!」と叫ぶように言って走り出した。アイナとラピードも、彼とほとんど同時に駆け出す。ハルカ達もすぐに続いた。

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