魔核(コア)奪還編

26


膝の上でアイナが寝返りを打つ。数刻前よりもずっと顔色が良くて、ユーリは酷く安堵した。アイナの赤みがかった黒髪に指を通す。何度か梳いていると、途中で絡まった部分を発見した。そっと持ち上げて少しずつ梳いていく。

ユーリはアイナの髪に触れるのが好きだった。細くてちょっとクセのある髪は、とても絡まり易いけれど、とても感触がとても良い。それに髪に触れている時の、あの少し照れながらも心地よさそうにしているアイナの表情がユーリは好きだった。

「(……よし、解けた)」

そうしてユーリは、またアイナの髪に指を絡めて梳き始める。

今夜は野宿だった。最初は誰も天幕なんて持っていなかったから一箇所に固まって、無造作に寝転がるかと話していて。けれど、ハルカがちょっと失敬したアイナの荷物の中に大きめの天幕があったので、それを使う事にした。本当に、彼女の準備の良さに改めて感心したのは記憶に新しい。

見張りを名乗り出たユーリとラピード、それからアイ以外の三人は、その天幕の中で今頃夢の中だろう。背におぶってから一度も目を覚まさないアイナにラピードが寄り添っている。目は閉じているが少しでも音がすると彼の耳はピクリと動くので、深くは眠っていないらしい。

この周辺で起きているのはユーリだけなのだろう。酷く静かだ。

そこへ布の擦れる音が落ちた。首だけ動かして天幕の方を見ると中からハルカが出た所で、入り口をそっと閉めると静かにこちらへ歩いてくる。

「眠れないのか?」
「まぁね」

ハルカは隣に腰を下ろすと自分の膝を抱えた。それからアイナの顔を覗き込み、ほっと胸を撫で下ろす。

彼女が眠れないのも無理はない。ハルカは見知らぬ世界に来て日が浅いのだ。しかも親友の身に何が起こっているのか、こちらの世界に来てから十年間をどう過ごしていたのか知らない。

ハルカの周りにはわからない事がありすぎる。不安じゃないなんて、ある訳ないんだ。

「ユーリは、いいね」
「……は?」
「だってさ、あたしよりもアイナの事いっぱい知ってる。それにいっぱい頼られてるし、羨ましいやら悔しいやらだよ。あたし、アイナの親友なのに……アイナの親友だっていう自信、なくすわ」

はぁ、と重い息を零したハルカは、相変わらず眠っているアイナの顔を見たままだった。彼女にとっては深刻な問題なんだろう。が、ユーリには「たががそんな事」だ。親の心子知らずじゃなくてアイナ心のハルカ知らず、じゃないか。

けれどユーリは、自分の知っているアイナの想いを教えてやる気はなかった。それは自分の口から言う事じゃない。アイナ自身の口からハルカに言うものだとユーリは知っていた。

「オレは、こいつがなんかとんでもねぇもん抱え込んでるって知って、それでも一緒に生きるって自分で決めたんだ」

だから、少しでも彼女を理解しようとしている。

だからアイナのクセ、苦手な物、嫌いだけれど我慢して食べる物、抱き締められるのが好きな事、ちょっとでも人目がある所では目蓋かおでこにキスされる方が好きな事、眠る時にされる腕枕が好きな事、本当は強がりで弱音を吐くのが酷く苦手な事、実は頑固な事。

アイナを好きになって、一緒に生きようと決めて、一緒に住むようになって。全部、全部、毎日を共にして発見した事だ。

「だからアイナの事、ハルカより知ってて当然だろ」

ユーリが笑む。そのどこまでも優しい表情に、ハルカは思わず息を飲んだ。

「――……、一緒に、生きるの?」
「そ。一緒に生きるの」
「……それは、なんかこう……すっごい大きな決断したね」
「そうか?」
「だってさ、一緒に生きるって……死ぬまで一緒に居るって事でしょ」
「まぁな」

ユーリの手が眠るアイナの頬を撫でる。愛すような指の動きに、眠ったまま頬を寄せてきた。その様子に思わずユーリもハルカも口角が穏やかに上がる。

アイナはふたりの優しい視線を受けながら、まだ夢の中に居た。彼女がこんなに安心しきって眠れるのは、きっとユーリの存在があってこそなんだろう。けれどハルカは思う。

「あたし、表現力ある方じゃないから言い方わからないけど……一緒に生きるって、言うのは簡単だけどさ、すっごい難しい事だよね」
「そうだろうな。アイナみたいに人とは違う、とんでもねぇもの抱えてると特にさ」
「うん。そのとんでもねぇものっていうの、あたしは知らないけど……だってさ、一緒に生きるって事は、ユーリもアイナと一緒にとんでもねぇものを抱えるって事だよ?ユーリは、それでもいいの?」

だってそうだ。一緒に生きるという事は生涯愛すという事で、喜びも悲しみも共に分かち合うという事で……いくら言葉を並べたって、きっと本質を正しく表現するなんて誰にも出来ない。けれど、簡単に決めていい事なんかじゃないんだ。

ハルカはアイナがどんなものを抱えているのか知らない。それでも、それはなんとなく「とんでもないもの」なんだとは感じていた。ユーリはその「とんでもないもの」を知っていて、それでも一緒に生きるなんて相当の決意なんじゃないだろうか。

ハルカは知りたかった。どうしても知りたかった。アイナと一緒に生きると決めたユーリの決意、アイナに対するユーリの想い、アイナへ抱いている愛情の深さ。その全部が知りたかった。知ればユーリの隣にアイナが立っていて、あまり自分の所に来てくれなくても「悔しい」なんて思わず祝福できる気がした。

だから、少しでもいい。少しでもいいからハルカはユーリの気持ちを聞きたかった。

「それでもこいつと、アイナと一緒に生きるって決めたのはオレだ」
「違うよ。アイナも、ユーリと生きるって決めたんだ。自分の抱えてるもの、ユーリと一緒に乗り越えるって決めたからユーリの隣であんなに幸せそうな顔してるんだよ。ユーリだけの決断じゃない」
「それは、わかってるつもりだよ。じゃなきゃアイナが、今ここに居るはずねぇし」

そう言ってユーリは苦く笑う。

そうだ、そうだ。そうなんだ。ユーリだけの決断じゃない。一緒に生きると決めたのはユーリだけじゃない、アイナだってユーリと一緒に生きるって決めたんだ。そうじゃなきゃアイナが今ここに居る訳がない。よかった、ユーリもちゃんとわかっていたんだ。ハルカは心底ホッとした。

でも、きっと一緒に生きようと言ったのはユーリだ。アイナは自分が何かとんでもないものを抱えていたら、誰かに迷惑をかけないよう独りでひっそり生きるような人だから。それでいて変な所ですごく頑固だから。

アイナが今ここに居るのは、きっとユーリが彼女のそんな頑なな決意すらほぐして手を取ったんだろう。

「……そうだね。アイナって、頑固で強がりだから」
「弱音吐けねぇし」
「だから自分だけで抱え込むし」
「事後報告じゃなくて、押し潰される前にちゃんと言えっつんだよな」
「ほんとだよ。マジで心底思うね。しかも切実にね」

顔を見合わせて、含みながらふたりで笑う。

そうか、そうなんだ。ユーリはちゃんとわかっているんだ。

頑固な事、強がりな事、弱音を吐けない事、何か辛い事や苦しい事があっても毎回自分の中で解決してから教える事。
上辺だけじゃなくて、見た目だけじゃなくて。アイナがそういう人だって、ちゃんと理解してくれているんだ。

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