15
カウフマンの言葉にユーリとアイナが肩を落とす。
「待ってなんていられません。私、他の人にも聞いてきます!」
そう残してその場を走り遠ざかっていくエステルの背中。それを見ていたラピードが息を零してからユーリを見上げ、彼が頷いたのを合図に追いかけた。
なんだか不安になってアイナを見る。
「ラピードに任せて大丈夫?あたしもエステル追っかけようか」
「大丈夫だよ。ラピード、賢いから」
それより、と彼女はカウフマンと向き合った。
「流通まで取り仕切ってるのに、ほんとに別の道知らないんですか?」
「主さえ去れば、あなた達を雇って強行突破って作戦があるけど、協力する気は……」
ユーリとアイナを改めて見つめ、苦い笑いを零しながら「なさそうね」と肩を竦める。
「護衛が欲しいなら騎士に頼んでくれ」
そう言ったユーリを睨んで、カウフマンは先程までよりも荒い口調で言葉を並べた。
「冗談はやめてよね。私は帝国の市民権を捨てたギルドの人間よ?自分で生きるって決めて帝国から飛び出したのに今更、助けてくれはないでしょ。当然、騎士団だってギルドの護衛なんてしないわ」
「自分で決めた事には、ちゃんと筋を通すんですね」
感心したようにハルカが言うと彼女は不敵に笑う。
「そのくらいの根性がなきゃ、ギルドなんてやってらんないわ」
「なら、その根性で平原の主もなんとかしてくれ」
そう残して歩き出すユーリに、ハルカとアイナはカウフマンに軽く頭を下げてから続いた。
「ここから西、クオイの森に行きなさい。その森を抜ければ、平原の向こうに出られるわ」
背中から声をかけられ振り返ったアイナが、彼女の情報に言葉を返す。
「でも、あなた達はそこを通らない」
「って事は、何かお楽しみがあるって訳だ」
彼女に続けてユーリが言うと、カウフマンは目を細めて口角を上げた。
「察しのいい子は好きよ。先行投資を無駄にしない子は、もっと好きだけど」
「礼は言っとくよ。ありがとな、お姉さん。仕事の話は、また縁があれば」
背を向けてから言ったユーリが、そのままヒラヒラと軽く手を振りながら去っていく。ハルカはアイナと揃ってカウフマンに礼を言うと、彼と共に近くに居るはずのエステルとラピードを探し始めた。
座ってあくびをするラピードの隣で、同じように座り込んでいるエステルを見つけるとユーリが彼女呼ぶ。座ったまま、どこか拗ねたように彼女は言った。
「……ちょっと休憩です。魔物が去るまでこんな場所で待ったりしませんから」
「あっそ。じゃぁ、オレ達は抜け道を行く事にするわ」
エステルの返事を待たずに出発したユーリの後をラピードが付いて行く。
「エステル、行こうよ。ユーリに置いてかれちゃう」
「あ、はい!」
ハルカにそう言われ、慌てて立ち上がるエステル。後を追いながら「でも」とアイナが口を開く。
「ユーリとラピードは出口の所で待ってるよ、絶対」
まさか、と半信半疑だったが本当に言った通りの場所で待っている彼らの姿を目の当たりにした瞬間、ハルカとエステルは笑ってしまった。
デイドン砦を出て西へ真っ直ぐ進み、現れた森に入ると昼間だというのに薄暗く気味の悪い空間だった。クオイの森について本で読んだ事のあるエステルによると、踏み入る者はその身に呪いが降りかかるらしい。
それを信じきっているエステルは、なかなか最初の一歩を踏み出さない。見かねたハルカが彼女の手を握ると、やっと奥へ進む事ができた。
「(そういえばアイナ、暗いとこダメだって小さい時言ってたっけ)」
幼い記憶から呼び起こされた情報に、ハルカの視線は自然と前を歩くふたりと一匹を捉える。間に挟まれて歩居ている彼女は、なんだかいつもよりもユーリとの距離が近い気がする。彼の右腕と隙間なく密着していて歩き辛くないのだろうか。
寄り添うふたりの背中をぼんやりと眺めていると、人の唸り声のような音が耳を突いた。驚いたエステルが思わずハルカと握った手に力を入れる。
「何の、音です?足元がひんやりします……まさか!これが呪い!?」
「どんな呪いだよ」
「木の下に埋められた死体から、呪いの声がじわじわと這い上がり私達を道連れに……」
発想力が豊かだな、と感心しつつも恐怖が湧き上がるほど手の力が強くなってハルカは地味に痛い。なんとかエステルの気を逸らそうと辺りを見回すと、彼女は目にした物を指差した。
「あれ何?」
ハルカの示す先には、根元の辺りから折れた柱状の魔導器(ブラスティア)が倒れていた。ユーリが近寄って行けば、彼の腕にしがみ付いているアイナも必然的に一緒に行く。彼らはラピードと共に折れ目を眺めるが、エステルが怖がって寄ろうとしないため、ハルカも興味があるけれど見に行けない。唐突に振り返ったユーリが、少し離れた所にいる彼女達に声を発した。
「少し休憩しよう」
「だ、大丈夫です」
強がりと、ここから早く出たいという気持ちからハルカの手を離すエステル。そのままスタスタと先を急ぎ、ふと魔導器の魔核(コア)があったであろう穴の辺りで立ち止まった。
「……あれ、これは?」
興味本位に近寄っていくと、アイナがユーリから離れ慌てた様子で駆け寄っていく。エステルがその窪みを覗き込んだ瞬間、突然光が溢れて眼がくらんだ。短い悲鳴を上げて堅く目を瞑る。光はほんの一瞬だった。
ドサリという音がして目を開ける。一番最初に視界に飛び込んできたのは、地に伏せるアイナとエステルの姿だった。
「おい、アイナ!エステル!」
「アイナ、エステル!」
ユーリとハルカの声が重なる。
彼女達は気を失っていた。
アイナはユーリの膝を、エステルはラピードの背を枕に目を覚ますのを待つ。
この世界に来てからハルカは、服が燕尾服のようになっている上着とスラリとした長いズボン、そして軽くて動きやすいブーツに変っていた。腰には弾の装填されていない二丁の銃があったが、ここまで来るのに何度も魔物と対峙したにも関わらず見ているだけ。今、目の前にある焚き火だって隣に座っているユーリが熾した。
何もしていない。ただ一緒に居て、口を出しながら付いて回っているだけだ。誰かに頼りっ放しは性に合わないし、戦った経験がないからといって守ってばかりいるのも嫌だ。けれど、それには武醒魔導器(ボーディブラスティア)という物がないといけないらしい。
それに、変に出しゃばっても足手まといになるのが落ちだ。
「(まぁ、それは隠れて練習でもなんでもすればいい訳だし)」
ハルカには、それよりも気になる事があった。
「あのさ、ユーリ。イエスかノーだけ知りたいんだけど」
「ん?」
膝の上に乗っているアイナを、憂いを帯びた瞳で見詰めながら髪を撫でたままのユーリに、ハルカも焚き火をぼんやり眺めながら問う。
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