魔核(コア)奪還編

11


ユーリが大袈裟にため息を零したその時、散々聞いた一番の大声の主がまた声を張り上げた。

「ユーリ・ローウェ〜〜ル!!よくも可愛い部下達をふたりも!お縄だ、神妙にお縄につけ〜!!」

今までで最も近い距離で耳にしたハルカとエステリーゼは大きすぎる声に耳を塞いだ。それにも関わらず耳がキーンとする。いい加減もう聞きたくないと感じたハルカは、きっとユーリもエステリーゼも一緒だろうと思った。

「ま、こういう事情もあるからしばらく留守にするわ」
「やれやれ。いつもいつも騒がしいやつだな。これで金の件に関しては貸し借りなしじゃぞ」
「年甲斐もなくはしゃいで、ぽっくりいくなよ?」

意地悪そうな、けれどどこか楽しそうな笑みを浮かべてそう言ったユーリと同じくらい、意地悪で楽しそうに口角を上げてハンクスが言った。

「お前さんこそ、のたれ死ぬんじゃないぞ」

じゃ、と軽く片手を上げてユーリが出口へ向かう。すぐ後を追おうとしたが、ハンクスに呼び止められた。

「あやつの面倒見るのは苦労も多いじゃろうが、お嬢さん達も気を付けてな」
「はい。ありがとうございます」
「おじいさんもお元気で」

先程とは一変して優しげな表情のハンクスに丁寧に頭を下げ、ハルカとエステリーゼは少し先の方で待っているユーリに駆け寄った。そしてユーリが「ルブラン」と呼んでいた騎士が彼を追おうとハンクスの目前まで来た瞬間、彼は下町の住人達に合図を出す。行く手を阻むようにルブランを取り囲んだ。

「騎士様、噴水はいつ直るんですかい?」
「騎士だ、かっこいい〜」
「わ〜い、わ〜い!」
「ばあさんの入れ歯を探してもらえんかの?」

各々が別のタイミングで声をかけながら、前へ前へ出て行く。押しつぶされそうな状態でルブランは、鼓膜が破れるのではないかと思う程の声で叫んでいた。

「ばっかも〜ん!通れんではないか!公務の妨害をするではな〜い!」

もう何度目かの大声に足を止め、振り返った三人が顔を見合わせてほんの少し笑った。それから下町を出ようと前を向いた瞬間、前方から住人達による雪崩第二波に飲み込まれてしまう。揉みくちゃにされながら懸命に進んでいると、ユーリは「アイナを泣かせるんじゃない」と近所のおばさんに声をかけられた。それに答えようとすると、今度は誰か知れないけれど背中を叩かれて。かと思えば今度は地図を押し付けられる。

「花の街ハルルに行くならほら、これ持ってきな」

渡された物を見てみると、空白の目立つ地図だった。

「これ、道しか書いてねぇじゃん」
「仕方ないだろ。普通の人は街を離れないし、それでも作りはマシな方だよ。空白は自分で書き込んで行ってくれ。まずは地図にある北のデイドン砦に行くといい」

人混みに流されて、聞き馴染んだ声が次第に小さくなっていく。けれど最後まできちんと耳にする事が出来た。やっとの思いで抜け出すと、ハルカ達はそれぞれ何かしら手にしていた。それらは問うまでもなく下町の皆からのせん別である。旅をする上で必要な消耗品や食材で両手が埋まりそうだ。

「ユーリさんは皆さんに、とても愛されてるんですね」
「冗談言うなよ、厄介払いができて嬉しいだけだろ?」
「あれ、ユーリ照れてる?」

ニヤニヤと笑みを張り付けたハルカに覗き見られて、ユーリは居心地の悪そうに眉を寄せて視線を下ろす。しかし、ユーリはそこで嫌な物を目にしてしまった。自分の懐に押し入られて顔を出す袋。手にすると独特の音がして、彼は顔をしかめた。

「ちょ、おい……!誰だよ金まで入れたの!こんなの受け取れるか」

下町に住む者は自分の生活一日もやっとなのに、まさか金なんて絶対に受け取れない。そう思って引き返そうとするユーリだったが、ルブランがあの人混みを抜け出て肩で息をしながらこちらへ向かっているのが見えてしまった。

「げ……しょうがねぇ、一旦貰っとくか」

渋々、懐へそれを戻すと酷く疲れた様子のルブランが、普段より遅い速度で走ってくる。すると突然、物陰から黒い影が飛び出て彼の足を掬った。あまりの速さに何が起こったのか理解出来ないまま目を丸くする。

「な、何事だ!?」

どうにか立とうと奮闘するルブランだったが、疲労しきった体が言う事をきかず起き上がれないでいる。その姿を見向きもせず、長い尻尾を揺らしながら優雅にこちらへ歩み寄る相棒、ラピードをユーリが目を細めて見た。

「ラピード……狙ってたろ。おいしいやつだな」

ラピードが答えるように、ユーリを見上げて僅かに尻尾を振る。何度も感じた事があるがラピードは、かなり賢い。

「アイナは一緒じゃないのか?」

そう尋ねるとラピードは不意に空を見上げた。ユーリだけではなくハルカもエステリーゼも思わずその視線を追って上を見る。次の瞬間、古びた民家の屋根から飛び降りて来た、太陽を背負う人影が彼らの目の前に降り立った。

短いスタートがふわりと風に揺れる。太股辺りまである靴下……所謂ニーソックスという物にユーリとよく似た上着とブーツを履いている赤みがかった長い黒髪の女だ。
女と目が合って微笑まれる。懐かしい雰囲気を漂わせる彼女は、捜し求めたハルカの大切な人で間違いなかった。

「あ……」

どうしよう。いざ目にすると言葉が出ないし体が動かない。言いたかった事を全部言って抱き締めようとずっと思っていたのに。
心配した。不安だった。寂しかった。無事でよかった。元気そうで安心した。会いたかった。
そんな言葉ですら全部喉の奥でつっかえて上手く喋れない。

アイナはハルカからユーリに視線を移して口を開いた。それが寂しく感じられたハルカだったが、これから話をする時間はいくらでもあると自分に言い聞かせる。

「話は後にしよう?脱獄犯なんだし、先に帝都から距離を取らないと」
「じゃ、まずは北のデイドン砦だな」

アイナが頷くと、ふたりはエステリーゼを見た。訳がわからず瞬きを繰り返している。

「どこまで一緒かわかんねぇけど……ま、よろしくな。エステル」
「歩きながら自己紹介するよ。よろしくね、エステル」

ユーリがエステリーゼをエステルと呼び、それにならってアイナが言う。エステリーゼというのも呼びにくいし、本人の許可はないが自分もそう言わせてもらう事にしてハルカも笑った。

「足手まといになるかもしれないけど……よろしく、エステル」

反射的に返事をした彼女は不思議そうにエステルと何度も言葉にする。やっとそれが自分の呼び名だと気付くと嬉しそうに笑った。

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