魔核(コア)奪還編

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「まだ、終わりではない。十年の歳月を費やしたこの大楼閣ガスファロストがあれば、ワシの野望は潰えぬ!あの男と帝国を利用して作り上げたこの魔導器(ブラスティア)があればな!」

あの男、というのがハルカは引っかかった。それはフレンも同じだったらしく、何やら考え込んでいる。しかし、そうゆっくりと考える時間をバルボスがくれるはずもなく、彼の持つ剣が衝撃波を放つ。ユーリ達は各々なんとか避け、一段低い場所へ移動した。すると当然バルボスも追ってくる。

バルボスの奇妙な剣の動力に使われているのは、帝都の下町で貧しい暮らしをしている人々に欠かせない水道魔導器(アクエブラスティア)の魔核(コア)だ。それを、あんな物に使うだなんて。ユーリもアイナも舌を打ってバルボスを睨む。

「弱い犬程よく吠えるっていうけど、ほんとみたいだね。実力で勝てないからってこんな事」
「あぁ。下町の魔核を、くだらねぇ事に使いやがって」
「くだらなくなどないわ。これでホワイトホースを消し、ワシがギルドの頂点に立つ!ギルドの後は帝国だ!この力さえあれば、世界はワシの物になるのだ!手始めに失せろ!ハエ共!」

バルボスが衝撃波を乱射する。ハエ扱いとは失礼な、とアイナが瞬時に作ってくれた結界のような幕の中でハルカは思った。それに、余裕をかましているようだが、自棄になっているようにも見えなくない。

「大丈夫か、みんな!!」

叫ぶように確認するフレンの瞳が、一行の中でも年齢の低いカロルとリタを特に気にしている風に動いた。が、ふたりは戦い始めて日の浅いハルカと違って戦闘に慣れているからか、まだ余裕が見える。他の皆も同じだ。
 
しかし、問題がある。

「あの剣はちっとやばいぜ」
「やばいっていうか……こりゃ反則でしょ」
「圧倒的ね」

ユーリとレイヴンに続いてジュディスも口々に、バルボスの持つあの剣を危険視している。確かにこれでは、近付く事もままならない。

「ぐはは!!魔導器と馬鹿にしておったが、使えるではないか!」

辺り中が爆発に包まれて幕の外がよく見えなくなってくる。

「どうした小僧ども。口先だけか?」
「ふん、まだまだ」

ユーリはそういうが、アイナが守りに徹していてこちらも身動きが取れない。今の所手詰まりだ。どうにかこうにか、隙を作るしかない。あの剣さえどうにか出来れば、と悔しい思いをしている、その時だった。

「お遊びはここまでだ!ダングレストごと、消し飛ぶがいいわ!」

剣に着けられた水道魔導器の魔核が一層光り帯びる中、バルボスが吠えるように言う。それなのに、この状況がなんでもない風に凛とした低い声が響いた。ただ、伏せろと。

見上げてみれば、いつの間にか頂上に長い白銀の髪をした男が立っていた。ケーブ・モックで会ったデュークだ。フレンとアイナは初めて会うか。

彼があの時のように剣を掲げると、光が放射されてバルボスの剣が大破する。それを目視で確認すると、何も言わずに去っていく。

「あれは……?」

フレンが呟くと、肩をすくめてレイヴンが答える。

「暇も興味もなかったんじゃないの?」
「あいつ……!」

問いたい事があるらしいリタは彼を追いかけようとしたが、ユーリに制されて舌を打つ。だが彼の言う通り、優先するべきなのはバルボスだ。デュークではない。なぜここに居たのか不明だが、今現在彼は敵ではないのだから。

バルボスが持っている剣に悪態を吐く。貧弱だのなんだの吠えているが、デュークの持つそれがエアルクレーネなるものに対して非常に有効だったのをハルカは知っていた。

「形勢逆転だな」

ユーリは不敵な笑みを浮かべてバルボスに告げる。一時悔しそうに顔が歪んだが、冷静を呼び戻したらしいバルボスは一転して静かに言い始めた。

「……賢しい知恵と魔導器で得る力など、紛い物にすぎん……か。所詮、最後に頼れるのは己の力のみだったな。さぁ、お前ら剣を取れ!」
「あちゃ〜、力に酔ってた分、さっきまでの方が扱い易かったのに」
「開き直った馬鹿ほど扱い難いものはないわね」

リタが珍しく意見が合ったとでも言うように、レイヴンを肯定するような事を言う。それさえ聞こえていないのか、バルボスは憤慨するでもなく声を張る。

「ホワイトホースに並ぶ兵、剛嵐のバルボスと呼ばれたワシの力と、ワシが作り上げた『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』の力。とくと味わうがよい!」

その声が合図だったかのように、四方に橋がかかり雪崩れ込むように紅の傭兵団がユーリ達を取り囲んだ。ダングレストで大半は捕らえられたと思っていたが、まだこんなに数が残っていたのかとハルカは感心した。ハルカも、おそらく他の皆も、バルボスを好きにはなれない。けれどこんなにも彼の周りに人が集まるのかと。

バルボスと共に一斉に襲いかかってくる。応戦しなければ、と各々武器を構えた。しかしユーリ達の周りに先程までと同じ幕が囲っており、敵を一切寄せ付けない代わりにこちらも出られない。こんな事が出来るのはアイナだけだ、と一行か彼女を見た。ぼそぼそと口元を動かす彼女に、ユーリとフレンは顔色を悪くする。

「おいおい、嘘だろ。こんな所であれやる気か?」
「相当怒……違うな。数が多すぎて面倒なんだろう」
「だからって……敵ながら可哀想になってきたぜ、オレ」

最早無数の敵に対して憐れみの目を向け、ふたり揃って合掌している。彼女が何をやる気なのか、ユーリとフレンにはわかるらしい。そして敵に対して可哀想だと拝んでしまうくらい、えげつない何かをするつもりらしい。

アイナの手が天を仰ぐ。すると全員の足元に見た事のないくらい巨大な方陣が浮かび上がり、バルボスとその部下達を下からほとばしる稲妻が襲っていた。ハルカ達はなんともないが相当の痛みが彼らを襲っているらしく野太い悲鳴があちこちから聞こえてくる。空に、もう考える事を放棄したくなるくらい大きな紅蓮の剣が現れた。

「インディグネイト・ジャッジメント!!」

振り下ろされた手と同時に大きな紅蓮の剣が方陣の中心へ突き刺さった。目を開けていられない程の光が辺りを包み、気付いた時にはもうバルボスも紅の傭兵団も地面に伏して動かなくなっている。一撃でこれとは恐ろしい。味方でよかったと心底思わずには居られない。


「ごはっ!」

バルボスやその部下達がそう息を吐き出して、生きているのかと他人事のように考えた。実際他人事なのだが、彼らが丈夫なのかアイナが手加減したのか……後者であろう事は、なんとなくわかっていた。

「ユーリ、私スッキリした!」

えへへ、と可愛らしく笑うアイナに現実逃避したのか、細かい事はどうでもよくなったのか、ユーリは胸に飛び込んだ彼女を受け止めて頭を撫でる。そのまま倒れるバルボスを見下ろしながら、ユーリはどこか冷たく笑った。

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