魔核(コア)奪還編

08


「だったら、私も連れて行ってください。今の私にはフレン以外に頼れる人がいないんです。せめてお城の外まで……お願いします、助けてください」

少女は丁寧に頭を下げた。観念したかのように、ユーリは彼女にわからないくらい小さくため息を漏らす。

「訳ありなのはわかったから、せめて名前くらいは聞かせてくんない?」

そう問うたユーリだったが、なんの前触れもなくドアが蹴破られて壊れる。現れたのは切れ長の鋭い目をした男だった。

「オレの刃のエサになれ……」

男が腰にある二本の短剣を抜き振り払うと、隣の棚の上にあったティーポットに当たり砕ける。ユーリは立ち上がって、何回目かのため息を吐いた。

「ノックぐらいしろよな」
「死ね、フレン・シーフォ……!」

ニヤリと口元に浮かべた男は、そう言ってユーリに斬りかかる。鞘を飛ばして素早く剣を抜いたユーリは、簡単に受け止めた。

「人違いだっつの」
「死ね」
「ちっとは人の話聞いた方がいいぜ」

互いの剣を交えたまま睨み合いっていると、先にユーリが大きく振り払う。後方に飛び退いた男は、相変わらず嫌な笑みを浮かべてユーリだけを見ていた。

「ザギだ……オレの名前を覚えておけ、フレン」
「フレンじゃねぇ……って、聞けよ」

自らをザギと名乗った男は地を蹴って間合いを詰めた。再び剣と剣のぶつかる音が響く。ザギは至近距離でユーリを睨んだまま、乾いた笑みを零した。

「なんだよお前」
「お前こそなんだよ」

眉を寄せて言ったユーリがまた振り払い、ザギは間合いを退く。睨むユーリから視線を逸らさず、ザギは赤い瞳を怪しく光らせた。

「オレはお前を殺して自らの血にお前の名を刻む」

悪寒が走る。ハルカは自分の両腕で自分の肩を抱くと、居ても立ってもいられずに声を上げた。

「キショい!そんでもって最高に趣味悪い!!」

そんなハルカの叫びも聞こえていないかのように、ユーリはザギと狭いスペースにも関わらず激戦を繰り広げる。なぜなのか、ザギの笑みが次第に濃くなっていった。また間合いを取ったふたりが静かに対峙する。ニタリと嫌な笑い方をしてザギが呟いた。

「いい感じだ」
「はぁ?何がだよ。こっちはちっともよくねぇよ」

ユーリが不快そうに顔を歪める。

「いいな、その余裕も。あははっ!!さぁ、上がってキタ!!上がってキタ!!いい感じじゃないか!!」
「急に変わりやがったな」

流石の少女もこれには引いたようで、ザギの高笑いが響く中で表情を引きつらせて数歩下がった。彼女のは正常な反応だと、ハルカは自分も若干下がりながら思う。
ザギがまた振り上げて、ユーリがまた剣で受け止めた。まだ戦い続けるユーリに少女が声をかける。

「落ち着いて!ああやって、こっちのペース乱そうとしているんです!」
「お前が落ち着け。こいつにそんな深い意図ねぇって」

器用にも戦いながら受け答えをするユーリ。彼の、その余裕がザギを更にかき立てているらしい。

「じゃ、じゃぁ……あれが素なんです?」
「だろうね。ああいう人、出来れば関わりたくないや」

少女の信じられない、と言いたげな言葉にハルカは戦いから目を逸らして月を眺めた。鳴り響いていた剣戟が静まって視線を戻す。間合いを取ったユーリとザギが、まだ武器を鞘に納めずに構えていた。

「相手、完璧に間違ってるぜ。仕事はもっと丁寧にやんな」
「生憎その人、フレンじゃないよ」
「そんな些細な事はどうでもいい!さぁ、続きをやるぞ!」

ユーリをフォローしたハルカだったが、ザギはそれを軽くあしらう。素人目でもわかるくらいユーリもザギも強かった。だからなのだろうか……ザギは不気味にも酷く楽しそうだ。戦いたくてうずうずしているように見える。

「そりゃ、どういう理屈だよ。ったく、フレンもとんでもねぇのに狙われてんな」

ユーリがそう呆れた時、扉が外れた入り口から音もなく人が現れた。騎士ではない。全身を丈の長いローブで覆い、深くフードを被っているため顔は見えないが、フードの中から低い男の声が響いた。

「ザギ、引き上げだ。こっちのミスで騎士団に気付かれた」

現れた仲間を思いっきり殴ると、ザギはまたユーリを見て武器を構える。

「オレの邪魔をするな!まだ上り詰めちゃいない!」
「騎士団が来る前に退くぞ。今日で楽しみを終わりにしたいのか?」

男は袖で口の端から出た血を拭いながら立ち上がってザギに言う。だが、彼にはそれが酷く感に障ったらしい。いきなり仲間を三度も斬り付ける。悲鳴を上げる間も無く男は絶命した。

ザギはユーリを瞳に映してニヤリと笑うと、先刻までの様子からは想像も出来ない程静かに去っていった。緊迫していた空気が緩んで、ユーリ達は肩の力をほんの少し抜く。少女はためらいがちにユーリを呼んだ。彼女の言いたい事を聞く前に理解したユーリは、やはりどこか面倒臭そうに言う。

「わかったよ。ひとまず城の外までは一緒だ」
「はい。あの、私エステリーゼっていいます」

エステリーゼと名乗った少女は嬉しそうに微笑むと、よろしくお願いしますと丁寧に頭を下げた。

「んじゃぁハルカ、エステリーゼ。急ぐぞ」
「だね。もたもたしてたら騎士に見付かっちゃうし」

ユーリとハルカは足並みを揃えて部屋を出ようとする。するとエステリーゼはハルカの手を掴んで引き止めた。

「待ってください、ドア直さないと……」
「んな事してる場合じゃねぇだろ」
「お城の人が直してくれるよ。たぶん」
「でも……!」

渋るエステリーゼに、ユーリは今日一番盛大なため息を吐く。

「……しゃあねぇな。待ってな」

結局、外れた扉をきちんと直してユーリ達はフレンの部屋を出た。



吹き抜けになっている場所でユーリ達は横並びに屈むと、下を覗き見る。なんだか騎士達が騒がしく行きかっていた。

「……さっきの連中のせいか、これ?オレのせいとかになってねぇよな」
「どうだろう。でも、ユーリのせいになってなきゃいいね」
「まるで他人事だな」
「実際、他人事だからね」

ユーリとハルカが話をする脇でエステリーゼが慌しく動き回る騎士達の姿を見詰めながら、ひとり言のように呟く。

「怪我人が出てなければいいけど…」
「騎士ってちゃんと訓練してるんでしょ?自分の身くらい、ちゃんと守れるよ」

そう言ってハルカはエステリーゼの手を握った。すると、彼女は憂いを帯びた顔に苦笑を浮べてその手を握り返す。

「そうですね」
「ユーリ・ローウェル!どこに逃げおった!」

エステリーゼに出会った時にも耳にした、あの大きな声がまた辺りに響いた。先刻よりも近い場所にいるようで、声の大きさに耳がキーンとなる。

「元気なのが来たぞ。この声、ルブランだな」
「ユーリの知り合い?」
「ま、ちょっと前にな。そんな事より急ぐぞ」

ハルカは誤魔化されたような気がしたが下は丁度、行き交っていた騎士達の姿が見えなくなっていた。移動するにはチャンスだ。立ち上がってユーリを先頭に歩き出す。ハルカの後ろでエステリーゼが自分のドレスの裾を踏んで、つんのめってしゃがみ込んでしまった。

「その目立つ格好も、どうにかした方がいいな」

確かに、ドレスを着たエステリーゼは目立つ。おそらく走ったりもするだろうし、着替えた方がいい。

「着替えなら、この先の私の部屋に行けば……」
「んじゃ、それで行こう」

ハルカはエステリーゼの手を握ったまま、彼女の案内で部屋に向かった。



「ここが私の部屋です。着替えてきますので少し待っていてください」
「わかった。手短にな」

静かに扉が閉まって、ハルカはユーリとその場に残される。なんだか気まずい。騒げる状況ではないから仕方ないが、エステリーゼの着替えが終わるまで黙っているのも微妙だ。

恐る恐る、ハルカは声をかける。意識的ではないが、彼女の唇から漏れたそれはとても小さなものだった。

「……アイナ、元気でやってる?」
「ん?あぁ、元気だぜ。今頃、ラピードと飯食って寝てるだろ」
「ラピード?」
「オレの相棒だ」
「どんな人?」
「ラピードは人じゃなくて犬」

それ以上を尋ねようとした瞬間、ゆっくりと扉が開いて「お待たせしました」と声がした。髪留めを外したエステリーゼの桃色の髪は肩で切り揃えられている。
独特な形の白いローブの下に、まるで桜の花弁のような色と形のスカートがエステリーゼの髪によく合っていた。スカートの下に履いた黒いズボンと白いブーツが一層、彼女の桃色を美しく引き立てて綺麗だ。

「あ、あの……おかしいです?」
「……いや、似合ってねぇなと思って」
「えー、あたしは似合ってると思うけど」
「ありがとうございます、ハルカ」

嬉しそうにエステリーゼがふわりと笑う。ハルカも釣られて笑った。

「んじゃ、行くぜ」

ユーリがそう言うと、ふたりは表情を引き締める。夜の闇が広がる静かな廊下を、奥へ進んで行った。



to be continued...

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