魔核(コア)奪還編

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走る、走る。走る。足がもつれて転びそうになっても、なんとか体勢を立て直した。後悔が、悔しさが、焦りが胸中を支配してこんがらがって涙が滲む。

「(今は泣いてる場合なんかじゃ、ないのに……!)」

わかっていても、ハルカの視界が歪んでいた。そこに入った長い黒髪の長身に、縋るような声で名前を叫んでしがみ付く。

「ユーリ!ごめん、ごめんなさい!!」
「ちっとは落ち着け、ハルカ。傷だらけじゃねぇか。まずエステルに治して貰え」
「あ……」

指摘されてやっと身体のあちこちに怪我を負っている事に気が付いた。駆け寄って来たエステルが傍で治癒術を使い始め、リタも背に掌を当てて心配そうにこちらを覗き込んでくれている。お陰で少しばかり冷静さを取り戻したハルカは、混乱している脳を更に落ち着かせるために記憶を整理した。

ケーブ・モック大森林の一件があった後、その日のうちにダングレストへ戻る事は叶ったので寄り道せず宿屋へ向かった。揃いも揃って疲れきっていたためすぐに休み、翌日の昼近くにやっと起きて――そうだ、アイナがまた起きなくなったのだ。それでハルカとラピードが宿屋に残ってユーリ達が約束通りドンと話をするため、ユニオンに向かう事になって。そう、それで、まるで見計らったかのような、絶妙なタイミングで襲撃を受けた。ラゴウの屋敷で見たのと同じ格好の連中が何人も、何人も押し寄せて来たのだ。そして。

「アイナが、連れていかれた」

ひゅ、と両隣で息を飲む音が聞こえる。息を整えてもう一度見上げたユーリは、冷静に受け止めているように見えてはいるが、胸中はわからない。ただ先を促すような彼の強い視線に、ハルカはそのまま先程自分の身に起きた話を続けた。

「正確な人数は、わからなかった。けど、あたしでも見覚えあったから、紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)だと思う。宿の人も守りながらだったし、とにかく多勢に無勢で……」
「狙いがアイナだったから、数で攻めてきたんだろ」
「そう、かも……ラピードも酷い怪我したけど、自分でグミ何個か食べて、後を追ったよ。賢いから今頃きっと場所を特定してると思う……そっちで何があったか、聞いてもいい?」
「あー……要約するとフレンがラゴウにハメられて、帝国とギルドが衝突しそうになってる。で、ドンは気付いてて、あえて煽ってる」

エステルやカロルの驚いた声が耳に届く。リタは予想していた事らしく動じていない。そして、一度冷静を取り戻した脳がどんどん働き、状況を整理してハルカを理解させてくれた。

「なるほど、わかった。どう頑張っても行動が注目されるドンは陽動。こっちで紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)を叩けって事か」
「理解が速くて助かるぜ。ま、バルボスに用事が増えただけで、やるべき事は変わらねぇ」
「いや、変わるね。少なくともあたしは、バルボスとかってやつの股間を思いっきり蹴り上げて顔を正面から殴らないと気が済まない!やる事増えちまったわ!!一発ずつで気が済むか、むしろ今から不安だわ!!」
「……よかった、いつものハルカに戻ったね」

そう呟いたカロルの頭を撫でて笑って見せる。正気を失っていた自分を恥じるが、反省している時間も、後悔している時間も、今は惜しいくらいだ。後回しでいい。ハルカがそう腹を決めると、丁度そこへラピードが姿を見せて小さく吠えた。それから顔を逸らし、ある建物を見上げ、もう一度こちらに視線を向ける。

「あそこか」

零すように言ったユーリの後に続いて、なるべく音を立てないようにラピードの示す建物に近付いた。が、出入り口に武器を持った男が四人も立っていて、動く様子がない。

「ありゃ、ちょっと無理矢理押し入るって訳にゃいかなそうだな」
「でも、あの中にはアイナが捕らえらえていて、バルボスまで居るとしたら……!」

エステルが眉間に皺を寄せながら、思わず出そうになった大きな声を自分の手で塞いだ。近くに敵が居るのだ。見付かってはいけない。

「指くわえて見てる訳にもいかねぇよな」
「どうしよっか……」
「いい事教えてあげよう」

覚えのある声が聞こえて振り返ると、レイヴンが建物に背を預けながら立っていた。リタが不愉快そうに舌を打つ。

「おいおい、いいのか?あっち行かなくて」
「よかないけど、青年達が下手打たないように、ちゃんと見とけってドンがさ。ゆっくり酒場にでも行って俺様の話聞かない?」
「私達には、そんなゆっくりしてる暇は……」
「いいから、いいから。騙されたと思って」

今にも声を荒げそうなリタを手で制して、ハルカは一歩前へ出る。まっすぐレイヴンの瞳を見詰めて――そして、頷いた。

「今回は大丈夫、信用出来る。行こう」
「ちょっとハルカ、正気!?こんなおっさん信じたって、また騙されるだけよ。時間の無駄だわ」

全力で否定するリタに賛同するように、カロルも眉間に皺を寄せているしエステルも難しい顔をしている。だが、ハルカはほとんど直感的に気付いた。アイナを案ずる時無意識にするらしい、レイヴンの仕草に。

「あんた、あたし達の話しばらく立ち聞きしてたでしょ。で、アイナを助けるために手を貸したいと思ってるし、ドンに頼まれたのも嘘ではない」
「いやぁ……おっさん、ハルカちゃんが怖いわ」

そう言って少し大袈裟に肩を落としたレイヴンに、ハルカはわざとらしい笑顔を向けてやった。

「褒めて頂いてどうもありがとう。意外と嘘が下手なようで?お、じ、さ、ま」



レイヴンの後に続いて先程ラピードが見付けたのとは逆方向にある酒場に入る。彼はカウンターの男にひと声かけてから店の奥にある部屋へユーリ達を案内した。一見ただ特別な客をもてなしたり、密談するための部屋のように思える。

「ドンが偉い客迎えて、お酒飲みながら秘密のお話するところよ」
「ここで、おとなしく飲んでろってのか?」
「おたくのお友達が本物の書状持って戻ってくれば、とりあえず事は丸く収まるのよね」
「悪ぃけど、恋人かっさらわれてっし、フレンひとりにいい格好させとく訳にきゃ行かないんでね」

どこかイラついた風に言うユーリの脇で、レイヴンが部屋の奥へと歩くのを見てハルカはピンと来た。

「なぁるほど〜隠し扉と隠し通路がある感じなんだ、ここ」
「ハルカちゃん、おっさんの数少ない見せ場奪わないで!」

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