魔核(コア)奪還編

79


「さぁクソ野郎共、いくらでも来い!この老いぼれが胸を貸してやる!」
「とんでもねぇじじいだな。何者だ?」
「ドンだ!ドン・ホワイトホースだよ!」

明らかに彼がそうだとわかるくらい、その老人はまとう空気が他者とは違った。人よりも高い身長に年齢を感じさせない逞しい体躯と筋肉、しゃんと伸びた背筋や声の張りは、彼がまだまだ現役の戦士である事を雄弁に物語っている。ギルド構成員達の士気も一気に上がり、彼に続いて次々と魔物を蹴散らしながら街の外へと追いやった。その中にフレンや彼が率いる騎士達が紛れている事に気付いたハルカは驚愕する。フレンはドン・ホワイトホースに駆け寄ると、敵意がない事を示すためか武器を手にしないまま声をかけた。

「魔物の討伐に協力させていただきたく!」
「騎士の坊主はそこで止まれぇ!騎士に助けられたとあっては、俺らの面子が立たねぇんだ。すっこんでろ!」
「今は、それどころでは!」
「どいつもこいつも、てめぇの意思で帝国抜け出してギルドやってんだ!今更やべぇからって帝国の力借りようなんて恥知らず、この街には居やしねぇよ!!」
「しかし!」
「そいつがてめぇで決めたルールだ!てめぇで守らねぇで、誰が守る!?」

フレンはそれ以上、何も言えなくなってしまった。一方でそのやり取りを遠巻きに見ていたユーリが呟く。

「何があっても筋は曲げねぇてか……なるほど、こいつが本物のギルドか」

ユーリの黒水晶は、そこに憧れや尊敬を孕んでドンを見詰めていた。だからすぐに気付かなかった。傍で戦っていたはずの恋人が姿を消し、ドンの前で片膝を着いた事に。

その姿はまるで主君に忠誠を誓う騎士のようだと思い、そこでやっと気が付いた。

「このような時に申し訳ありません、ドン・ホワイトホース。私はアイナ・フェドロックと申します」
「フェドロック……メルゾムが助けたとかって小娘か」
「はい。十年前、この命と人としての尊厳、そして心を救われ、以来六年もの間守って頂きました」
「その小娘が俺になんの用だ?」
「魔物の討伐にお連れください」
「そこの坊主に言ったのを聞いちゃいなかったのか?騎士の助けは必要ねぇ」
「私はすでに帝国の騎士ではありません。独自の騎士道を胸に秘めた、ただの女です」

頭ふたつ分でも足りないくらい大きい体躯で強面の老人に睨み下ろされても、アイナは怯まず見詰め返した。辺りに緊張が走ったが、ドンの大きな笑い声がそれを消し去る。ひとしきり笑うと、彼は気に入ったと口角を上げ周りに向けて声を張り上げた。

「野郎共、戦乙女の復活だ!気合入れて戦わねぇと、戦乙女がひとりで全部倒しちまうぞ!!」

ギルド構成員達が沸いて、更に士気が高まったのを肌で感じる。不意にラピードがアイナの傍へ駆け寄ると、彼女は終始こちらを見向きもせずに彼らの先頭に立った。そのままラピードと共に魔物と対峙して街の外へと魔物を押し返していく。

呼び止めるどころか、声をかける隙さえ、なかった。アイナから発せられる空気が、それを拒んでいたようにさえ感じる。

なんで、どうして、などと考えている時間はない。ダングレストの結界魔導器(シルトブラスティア)が機能していないままなのだ。いくら魔物を倒した所で結界が直らなければ、根本的な解決にはならない。

「ちょっとそこの!案内しなさい」
「そこのって、ボク!?え、ど、どこへ?」
「結界魔導器を直しに行くんです。このままでは魔物の群れに飲み込まれます」
「あ、そっか。ドンもアイナも居るから飲み込まれたりはしないけど、直さないとキリがないもんね」

カロルが駆け出して、その後をすぐにエステルが追う。リタも続いたが、ドンと共に行ってしまったアイナとラピードの方を見たまま動かないユーリとハルカに、声を荒げた。

「ちょっと、あんた達も!」
「う、うん。ごめんリタ、今行く!」

後ろ髪を引かれる思いをなんとか振り切ってハルカも駆け出す。ユーリが酷く苦し気に恋人の名前を呟いたのが聞こえて、ハルカの胸も軋んだ。



急行した結界魔導器(ブラスティア)の近辺には、街の住人らしき人が数人倒れていた。魔物に、というよりは人に襲われたように見える。すぐに駆け寄ってひとりずつ安否を確認したエステルだったが、必死に涙を堪えながらもう手遅れだと嘆いた。

けれど今は最優先にするべき事がある、とリタは結界の操作盤を出そうとした瞬間、それは襲いかかる。全身を黒装束で包み、赤い眼の仮面で顔の上半分を隠した集団が現れ、容赦なく武器を向けてきた。

「結界は、直させんぞ」
「ったく、次から次に!もうっ!!」
「リタはそのまま魔導器直して!こっちはあたし達でなんとかするから!」

背に庇いながら銃を構えてそう声を張ると、魔術の詠唱を中断したリタはすぐに操作盤を出して修復作業を始める。が、相手がそれを見て黙っている訳もなく、標的を彼女に絞って一斉に襲いかかった。こちらだって見ているだけじゃないと応戦する。ハルカが死角のないよう努めながらリタを背に庇い、それを援護するようにユーリ達が前へ出た。

幸い数ではこちらが上だったため、相手を残さず気絶させる事が出来た。現れた時の発言から察するに、結界の不調は彼らが引き起こしたもので間違いないだろう。あとはリタが修復してくれるのを待つだけだった。そこへドンに協力を拒まれたフレンが騎士を連れてユーリ達へ駆け寄る。

「こっちも大変な騒ぎだね」
「なんだ、ドンの説得はもう諦めたのか?」
「妹が代わりに行ってくれたからね、今はやれる事をやるだけだ。それで、結界魔導器の修復は?」
「天才魔導士様次第ってやつだ。それにしたって魔物の襲撃と結界の消失。同時だったのは、ただの偶然じゃないよな?」
「……おそらくは」
「いやいやフレン、偶然で済ますにはタイミング合い過ぎでしょ。しかもフレンが来てるって事は、これも帝国のごたごた関連でほぼ間違いないんじゃないの?」
「確証がない。だから確かめに来た」

なるほど、とハルカは頷く。フレンの言う通りだ。確かな証拠がなければ、トリム港の時でラゴウが逃げるのを許してしまったように、また同じ事を繰り返してしまう。あの時の悔しさを思い出してつい苦い顔になっていると、ハルカの耳にリタが「出来た」と嬉しそうな声が届いた。空を見上げてみれば、わかりやすく暴走が収まり街の結界も復活している。胸を撫で下ろしていると、フレンが騎士達に指示を飛ばし始めた。

「外の魔物を一掃する!外ならギルドも文句を言うまい」

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