魔核(コア)奪還編

73


トリム港とダングレストという街の間に位置する、まだ作られて間もない街――新興都市ヘリオードに連行されたユーリ達はエステルと強制的に引き離された。その後、騎士団本部の一室で尋問を続けられている。

どれもユーリが帝都で犯したもので、つい先程十七番目の罪状の確認を終えたばかりだ。けれどすぐ、ルブランは十八番目の罪状確認に入った。どうやら滞納された税の徴収に来た騎士を川に落としたらしいが、その時落とされた目の前に居るひょろ長い男、アデコールはその後三日間風邪で寝込んだと文句を言っている。しかしユーリ本人も飽きてしまったらしく「そういや」と話題を変えだした。

「お前らんとこの何もしない隊長はどうした?シュヴァーンっつったっけ?」
「偉いからってサボりでしょ」

まるで興味なさそうにリタがぼやくと、ルブランは眉を吊り上げて彼女を睨む。

「我等が隊長を愚弄するか!シュヴァーン隊長は十年前のあの大戦を戦い抜いた英傑だぞ」
「まぁ、あたしらなんて小物どうでもいいって事ね」

リタはそう言って、両方の掌を上に向けて両肩を上げた。彼女の呆れをジェスチャーで表したようにも見えるが、自然と出た仕草にも見える。ハルカの身の回りでは基本的に、ああいった類の仕草をする人が居なかったので新鮮だった。これも文化の違いかと思うが、それ以上に気になるのはアイナだ。

この部屋でユーリの背中から無理矢理降ろされて、座らされた彼女は眉間に皺を寄せ、目を閉じたまま沈黙を続けている。騎士達と遭遇してから、ずっとだ。怒っているのは雰囲気でわかる。しかし雰囲気は凛としていて、ハルカにはまるで誰かを待っているようにも感じていた。

アデコールが次の罪状確認に入ろうとした次の瞬間、アイナが目蓋を上げた。そして扉の方を見詰め、立ち上がる。誰かが声をかけるより先に開いたそこから現れたのは、銀髪を持った騎士の男性と補佐らしき女性だった。ルブランがひどく驚いた様子で、けれどすぐに姿勢を正してその騎士に声をかける。

「ア、アレクセイ騎士団長閣下!どうしてこんな所に!?」
「エステリーゼ様、ヨーデル様、両殿下のお計らいで君達の罪は全て赦免された」
「な、なんですと!?こいつは、ユーリ・ローウェルは帝都の平和を乱す凶悪な犯罪者で……!」

抗議するルブランの大きな声を聞き流しながら、アレクセイと呼ばれた騎士は迷いない足取りでユーリの傍に向かった。半歩下がった場所をキープしながら補佐らしき女性が続き、アレクセイは彼に言う。

「ヨーデル様の救出並びにエステリーゼ様の護衛、騎士団として感謝する」
「こちらを」

補佐らしき女性が金の入った袋を差し出すと、ユーリは眉を寄せて首を横に振った。

「そんなもん、いらねぇよ。騎士団のためにやったんじゃない」

するとアレクセイは「そうか」とだけ言い、袋はあっさり下がる。今度はアイナに目を向けた。彼女は冷たさを孕んだ視線でアレクセイを見上げているが、彼は怯みもせず落ち着いた様子で口を開く。

「君は、相変わらず騎士団に戻る気がないようだな」
「戻るも何も、私は所属していた事もないのですけど?」
「確かに、かつて騎士団にあったのは双子の妹の名前……だが、実際に騎士として活動していたのはアイナ・フェドロック、君だ。しかし当時の君は、妹の名を名乗らなければならない理由があった」
「その事実を世間に公表されたくなかったら、騎士団に戻れとでも?」

そんなつもりは、と苦く笑うアレクセイにアイナは鋭い目でまくし立てた。

「その話をした時点で暗に含まれているでしょ。わからないで言ったとでも?その程度の思考回路なんだったら、騎士団長なんて辞めなさいよ!あなたの直属の部下が人体実験をしてたんでしょうが!定期的な報告書があなたの元へ送られているのも、父は知ってたんだから!!」
「アイナ、落ち着け」
「……っ、でもユーリ!!」
「ちゃんと、わかってる。だから、な?」
「でも!」
「アイナ」
「……あとひとつだけ言わせて」

見た事のない勢いで激昂して相手の胸倉を掴むアイナの姿に、その場にいるほとんどが狼狽えていた。ユーリだけが冷静に、努めて穏やかに彼女を宥める。恋人の言葉で少しは頭が冷えたのか、重く長い息を吐き出してから、改めてアレクセイを見上げた。そこに先程までの激しい怒りをあらわにする彼女は居ない。

「私はあなたを騎士と認めない。例え世界中があなたを誇り高き騎士の長と認め、尊敬し、心酔していたとしても。私は、何があっても生涯、絶対に認めない」

凛と立ちそう宣言した彼女の姿は、まるで一国の姫みたいだとハルカは場違いな事を思った。認めないと言われたにも関わらず去っていく背に声をかけたアレクセイに、振り返りもしない。ただ足を止めただけだった。

「エステリーゼ様には先程、帝都に戻る旨ご承諾いただいた。宿屋でお待ちいただいている。顔を見せてあげて欲しい」

ユーリ達は何も言わずに去っていくアイナを慌てて追う。建物の外へ出でやっと足を止めた彼女は、長いため息を吐きながらしゃがみ込んだ。頭を抱えて呻っている。具合でも悪いのかと心配したハルカが隣で同じようにしゃがんで背を撫でると、聞こえたのは酷い自己嫌悪だった。

「あぁぁ、やっちゃった……あんな事、言うつもりなんてなかったのに。どうしよう……」
「まぁまぁ、言っちゃったもんは仕方ないよ。時間が戻る訳でもないし。それにさ、言われるだけの事したのってあっちなんだし、アイナがそんなに気にする事ないよ。酷い事されたのはアイナだしさ、気になるなら次は完全で華麗なる無視を決めてやる!くらいの意気込みでいたらいいじゃん」

少しの沈黙の後で苦く笑ったアイナが礼を言えば、気にしなくていいとハルカが笑う。一緒に立ち上がると不意にカロルが寂しそうな声を零した。

「エステル、帰っちゃうんだね」
「あんたらは、これでいいの?」
「選ぶのはオレ達じゃないだろ」
「そりゃ……そうだけど」

リタは理解出来るが納得がいかない様子で、けれどそれ以上は言葉が出なかった。彼女の気持ちはハルカにもわかるし、同じ気持ちであると思う。

エステルは、エステルの意志でここまでの旅を続けてきた。自分の立場を考え帝都に帰るのか、旅を続けたいと願い出るのか。ここまで旅を共にしたのだから帰ってしまうのなら寂しくなるが、それはエステル自身が決める事だ。彼女は帝国の姫であっても、人形ではないのだから。




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