魔核(コア)奪還編

06


――哀れな子ね……どうしようと運命は変えられないというのに

冷酷な声。

――いいわ。そうまでして会いたいのなら、この世界で生き抗う手段を差し上げましょう

嘲笑う、女の声。

――せいぜい足掻き、そして嘆くといい

高笑いが少しずつ遠のいた。




果たして自分が目を覚ましたのかどうか、ハルカはわからなかった。嫌味な声がまだ耳に残っているような感覚がある。光がそう届かない薄暗い場所なのだと、よく回らない頭でハルカはようやく理解した。まだ働かない頭のままで身体を起こす。

ユーリにとって、それは一瞬の出来事であった。溢れた光が消えたかと思えば少女が倒れていて、間もなく目を覚ました。
顔を合わせたふたりは酷く混乱している。会ったのは初めてだが、相手に見覚えがあった。

目の前に居る青年はユーリという名で、ゲームの主人公だったはずだ、とハルカは数分前の記憶を辿る。ついでにアイナの恋人という設定だった……どうしてこの胸元オープンで歩く猥褻物みたいな男がアイナと同棲までしてるんだ、とハルカは場に相応しくない事を考えた。

慌ててそれを思考の隅に追いやると、ハルカは改めて青年を見る。整った顔立ちは僅かに女性的な雰囲気があって細いが、背は高くて程よく筋肉質だ。彼の長い黒髪から覗く黒に近い紫色の瞳は、ハルカの姿を映して見開いている。

「お前、まさか……ハルカ?」
「は?」

彼女は自分の酷く耳を疑った。まさか、そんなはずはない。アイナから自分の話を聞いているにしても、顔を見てわかるなんて非常に妙だ。

「名前ならまだしも、なんで顔まで知ってんの!?」
「アイナが持ってたんだよ、お前と一緒に写った写真。十年以上前のと全然変わってねぇのな、顔」

ハルカの眉間に皺が寄る。童顔であるのは自覚していた……が、目の前でニヤリと口角を上げられるとなんだか悔しい。

「っと、話してる場合じゃねぇんだ。詳しい事は後で聞く。アイナに会わせてやっから、とりあえず来い」
「アイナに!?」

魅力的な申し出だ。気になる事は物凄くたくさんある。服が変わっているのはなぜかとか、どうして自分は腰に二丁の銃をぶら下げているのかとか、さっきの夢はなんだったのかとか。けれど、何を考えるよりもアイナに会いたい。自分の遭遇しているこの状況よりも、まずアイナに会って抱き締めて元気な姿を見たい。

全部が全部、それからでいい。

「わかった。アイナに会えるんだったら、あんたがどこの誰でも構わない。一緒に行くよ」
「そこは構えよ」

彼は呆れたように重いため息を漏らすと、片手を腰に当てて名前だけ言う。こうして訳もわからないまま、ユーリはいつも回収した囚人の荷物を入れている箱から自分のそれを取り返すと、ハルカを連れて牢を出た。

音を殺して扉を開いたユーリは、ハルカを背に庇いながら騎士のうろついている城内を物陰から覗いた。気配が近付いてくれば死角に身を隠し、少しずつ進んでいく。なんとも神経をすり減らす作業だが、見つかっては面倒だ。

そうして地道に奥へ進んで行く途中、ふたりは妙な場面に遭遇した。並んで壁に背を付ける。最初に耳に届いたのは男の声だった。

「もう、お戻りください」
「今は戻れません!」

それに返した高い音域の声が、やけに近く聞こえる。どうやら壁に張り付くのをやめれば互いの視界に入ってしまう程の距離らしい。

「これは、あなたのためなのですよ。例の件につきましては我々が責任を持って小隊長に伝えておきますので」
「そう言って、あなた方は何もしてくれなかったではありませんか」

どうする事も出来ず、そのまま聞き耳を立てていると靴音が一度だけ響いた。

「それ以上、近付かないでください」
「お止めになられた方が……お怪我をなさいますよ?」
「剣の扱いは心得ています」
「致し方ありませんね。手荒な真似はしたくありませんでしたが……」

空気が一気に緊迫する。

「おい、いたぞ!こっちだ!」

声が響いて、いくつかの足音がまた近付いてきた。

「お願いします、行かせてください!どうしてもフレンに伝えなければならない事が……!」

少女の切実な声が響き、ユーリが僅かに反応を示す。眉間に皺を寄せていた彼は、とても小さな声で呟いた。

「フレンだって?」

すぐ隣で剣を抜いたユーリに目を丸くするハルカ。努めて声を殺してユーリを呼ぶが、彼は「待ってろ」とだけ言って彼女に背を向けた。

勢いよく振り上げて風属性の衝撃波を前方に飛ばす。ユーリによって生み出されたその衝撃波はひとりの騎士に直撃し、ふたりを巻き込んで吹っ飛んだ。どさりと音を立てて倒れる。

「フレン!?私を助けに?」

技が放たれた方を振り向いて駆け寄ろうとするが、少女は物陰から現れたユーリの姿を見て止めた。

「だ、誰?」
「貴様、何者だ!!」

矛先はすべてユーリに変わる。

「ったく。こっそりのはずが、いきなり厄介事かよ」
「いやいやいや、自分でこっそりじゃなくしたんじゃん!」

隠れている事も忘れ普通に声を出したハルカは、直後に両手で自分の口を塞いだ。しまった、と思った時には手遅れである。

「こいつ、魔導器(ブラスティア)を持っているのか」
「ふたりでかかれば問題ない」

しかし、騎士達には気付かれなかったらしく話が進んでいる。ほっと胸を撫で下ろしていると、いきなり顔を覗き込まれた事に驚いてまた声を出してしまった。
ハルカの顔を覗き込んだ少女は桃色の髪を、髪留めを使って後ろでまとめていた。水色のドレスを着ているその少女は、美しいエメラルドのような瞳をハルカに真っ直ぐ向けている。

「あ、あの……なん、ですか」


- 6 -

[*prev] [next#]



Story top

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -