三番隊の隊首室は、元々の隊首室に用意された部屋の横にある。


隊長の部屋は、当たり前だが部屋が大きい。


副隊長でも相当な大きさだから乱菊さんは慣れなかったらしく、僕と同じサイズの部屋に隊首室を作った。


流魂街出身だと慣れないのよね、乱菊さんは眉を下げて笑った。




「ねえ、イヅル」

「はい」



早朝のことだった。

朝独特の寒さがひんやりと肌を撫でる。


隊首室に呼ばれた僕は部屋の前で正座をして、既に死覇装に身を包んだ乱菊さんと向き合う。




「手合わせしない?」

「僕と、ですか?」

「だって、日番谷隊長には迷惑かけられないじゃない」




最近、自分と対等或いはそれ以上の相手と稽古してないの。



その言い方から察するに、乱菊さんはいつも日番谷隊長と稽古をしていたのだと思われる。

天才と呼ばれる日番谷隊長と、地道な努力の末に副隊長になった乱菊さん。あの十番隊コンビは誰が見たって最高だった。


日番谷隊長を本気で尊敬した乱菊さんは、今でも心の支えとなっているのは間違いない。



三番隊の道場に向かった僕たち。互いに木刀を持って身体を温めた後、構えた。




乱菊さんを真っ直ぐ見つめる。




閉じた目が開くのを―――開始の合図を―――見ていた。






長い睫毛に縁取られた、青い瞳が静かに見開かれた。

緊張が良い感じに集中を高めてくれる。





僕と乱菊さんが動いたのはほぼ同時…―――――。












「やっぱり、吉良が隊長になっても良かったのよ」



道場の壁にもたれた乱菊さん汗で張り付いた髪を払って息を整えた。



「…え?」

「けど、」



優しく瞳が細まる。

熱に浮いた頬が、白い肌を引き立てて。

きらきらと輝く艶のある金髪が、黒の死覇装の上で波打つ。



優しい優しい、微笑だった。








―――吉良は、三番隊の副隊長≠ナいたかったのよね?





「ッ、」




全てを、悟った。





だから、隊首室を新しく作った。


市丸隊長が作っていた干し柿を食べた。



隊長羽織も市丸隊長と同じ袖がないタイプ。



僕に名前を呼ばせて、後ろではなく隣を歩かせた。




全部、市丸隊長を。

市丸隊長を、記憶の人としてしまわないように。





乱菊さんが、五番隊でも九番隊でもなくここを選んだ意味を知る。


市丸隊長を、忘れないためだと。



名前で呼ばれて、名前を呼んでくれる隊長がいたことを。

袖無しの隊長羽織を羽織り、三の字を背負う人がいたことを。

干し柿を嬉しそうに食べる人がいたことを。


名前で呼ばせて、隊長は別にいると覚えさせて。

隣ではなく、後ろを歩いて心から尊敬する人がいたことを、あの後ろ姿を忘れさせないために。




今も、隊首室はそのままだ。




「ギンなんか、嫌いよ。だからギンの居場所だったここの隊長になって奪ってやるって決めたんだから。」

「…」

「ギンに、ここにはもうあんたの場所なんてないって思い知らせるわ」



大胆不敵な笑みを浮かべて、乱菊さんは向日葵色の髪を後ろへ払った。







嗚呼、貴女は優しくて残酷な嘘を吐く。






20120820