――――…泣き声のようだった。



隣の、新しい隊首室、乱菊さんの部屋から聞こえたのは。




「…」



既に布団に入っていた僕は、着流しの合わせ目を直して、そっと自室を出る。


隊首室の前に正座して、1度息を吸ってからそっと語りかけた。



「乱菊さん…?」

「……吉良?」




彼女の声が紡いだ名前はイヅルではなかった。



「どうか、されましたか?」

「何でもないわ」




――――…ただ、憎くて堪らないだけよ。




障子越しの会話。夜も更けたこの時間、小さな声でも充分に聞こえる。

だから、乱菊さんの言葉は一字一句聞き逃さない。




誰が、憎くて堪らないのか。そんなの、市丸隊長としか思えない。




「今日、雛森のところに行ってきたわ」

「!雛森くんの…?」



今日、乱菊さんと僕は別行動。

僕が隣にいなかった間、乱菊さんが何をしていたのか知らない。




「…見て、られないのよ。藍染が忘れられなくて、未だに混乱してとても正常な思考じゃなかった」

「……」

「隊長が、1番辛そうだった。そうよね、隊長の1番は雛森だもの」



この隊長≠ヘ恐らく日番谷隊長を指す。

乱菊さんの隊長は、日番谷隊長しかいないのだから。



「…藍染が、憎い」

「……乱菊さん、失礼します」




そっと、静かに障子を開ける。



月明かりに照らされて、日の光とは違う、儚げに輝く髪。消えてしまいそうだった。

背を向ける乱菊さんは赤い布…真っ赤な着物を抱き抱えていた。



「泣いていますか…?」



それを聞くには、不躾な質問だったかもしれない。


ふるふると、勢い良く首を横に振る乱菊さん。



「大丈夫よ、あたしは泣かないわ」



もう決めたの、弱いなんて言わせない。


強くなるって決めたの。





着物を抱き抱えながら泣きそうな、それでも強い口調で断言する。




僕はその背を見て思うのだ。












松本さん、貴女は決して市丸隊長を、憎いとは言わないのですね。





20120813