伍。





「鬼灯さま、」



ノックもせずに鬼灯さまの部屋を開けて。

まだ起きていない彼の傍に座り込んだ。



1度寝たら起きない彼が、少々物音を立てたくらいで起きるはずもなくて。

そっと、ベットを背もたれにして息を吐く。大丈夫、こんなことで鬼灯さまは起きない。大丈夫。



「(白澤さんは、どうして知っていたんだろう)」



現世での、職業を。

身体が、震える。指先から始まった小さな震えは全身に広がって小刻みに震える。ああああ、もう。


白澤さんちょっとだけ恨む。

あの仕事は、トラウマだから。



鬼灯さまだったら、どうなんだろう。
鬼に慈悲はいらないと言うからには、いつものように冷静に仕事をこなすんだろうか。


…私も、鬼灯さまみたいになりたい。



「……知景?」

「!」



重低音。
呼ばれた名前に、肩が大きく跳ねた。


慌てて振り向けば、間近に鬼灯さまが。寝起きで寝癖ついてるのに、声だけはいつもどおり、冷静で。



「どうしたんです、夜這いでもしにきましたか」

「今昼間ですよ」

「言葉のあやです」



で?と続けられて、真っ直ぐ視線を射抜かれて。
白澤さんとは違う、射抜き方に涙腺が緩む。



「…ちょっと、気が滅入ってしまって」

「…」



両手で顔を覆った。



「私は、鬼灯さま、の補佐として。今この仕事についていることを、誇りに、思うのです」



涙声になりそうになるのを押さえて俯くと、ごそごそと起き上がる布擦れの音。




「知景を補佐にして後悔した日はありませんよ」

「!」



顔を上げれば、目線を合わせるようにして横にしゃがみこむ鬼灯さま。

涙引っ込むどころか余計に流れる。なにそれすごく嬉しい。



「ただ、男の部屋に勝手に入ってくるのは感心しません」

「…すみません」



はあ、と息を吐き出した鬼灯さまは、そっと前髪を掻きあげた。
もちろん、無表情のまま。



「貴女に1人で仕事をさせるのは危ないですね」

「…すみません」

「今度からスケジュールは全て同じにしてもらうように頼みます」

「!ほんとですか!」

「で。」

「え?」

「何が原因でそんなに震えてるんです」

「……」



ぜっっったい、言えない。





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