肆。




この世で1番尊敬する人は、と聞かれたら間髪入れずに鬼灯さまだと答えられる自信がある。



「君は鬼灯ばかりだ」


するりと。伸ばされた指は髪を掬う。



「髪も、声も、目も、全部。君は鬼灯に捧げてる」

「はい」



髪を拐う指は、そのまま頬を撫でた。



鬼灯さまは、とても素敵な方だから。
あのとき、地獄に残ってよかったと心から思う。



「ずるいなあ、僕だけのものになればいいのに」

「冗談やめてください」

「冗談じゃないってば」

「貴方はいつも他の女の子に同じこと言ってるでしょう」

「知景ちゃんだけだよ」

「どうだか」



彼――――白澤さんは、だらしないから。そんなこと言われたって、冗談にしか取れない。



鬼灯さまがオフで、私が仕事の珍しい日。

書類の関係で桃源郷に来たのは良いですが、案の定白澤さんに捕まってしまった。




「…段々鬼灯に似てきたね」

「!本当ですか?」

「そうやって嬉しそうにしないの。あんなのに似てきたらせっかくの美貌が台無しだよ。あーもう何でよりにもよって鬼灯?」

「鬼灯さまは世界一です」

「……」

「何ですかその目は」



いかにも「うわあ…」と言わんばかりの目に、口を尖らせる。



「何でそんなに陶酔してるの、鬼灯なんかに」

「何で、って」

「君はこっちに来るはずだったのに」

「ッ、」



すう、と開かれた瞳に射抜かれる。

何でそれを知っているのか。



「“死刑執行人”」

「!!」

「現世の、君の職業だ。何人も何人も、その手で殺してきたんだろ。でもそれは罪じゃない」

「……やめてください、そんな昔の、こと」

「地獄なんかに行かなくていいんだよ。僕のところにおいで知景ちゃん」

「…!」



冗談じゃ、ない…?



頬に添えられた手。近づく顔。
吐息は触れてしまいそうな距離。

白澤さんは、本気だった。




「――――!!!」




力いっぱい、突き飛ばした。

書類はもう目を通していただいている。もうここに用はない。




「私は、鬼灯さまの補佐であることを誇りに思っています!」



それだけ叫んで逃げた。


白澤さんは追ってこなくて。もちろんそんなことをする人ではないことは分かっていたけれど全速力で逃げた。




鬼灯さまを、世界一尊敬する。

仕事ぶりはもちろん、あの方の全てを。



鬼灯さまは怒るけれど、鬼灯さまと白澤さんは似ている。




似ているけれど、でもやっぱり違うから。





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