03.シトラスに紛れた紫煙。















梓に連れていかれるまま、職員室を訪ねる。そこにいたのは来神時代の懐かしい先生方。

梓に任せるまま、私は“転校手続き”を済ませた。



「若、今日は送るから車乗り」

「ありがと」



梓の車に乗り込む。シトラスの香る車内の隙間から微かな煙草の香り。

ああ、そう言えばたまに煙草吸ってたっけか。


助手席に乗り込んでシートベルトを締めると車のエンジンがかかった。

夕日の射し込む車内が少し眩しくて視線を落とした。そこに写るのは何度見ても変わらない幼い手。



高校の時の、自分。



「新しい学校、ボクが居るから辛くなったら保健室おいで」

「!」



保健、室?

国語科準備室の間違いじゃないのか。だって梓は古典が専門だったはずだ。


私がここにいるように、梓も何か変わってしまったんだろうか。



「どないした?」

「梓、保健医なの…?」

「若、頭打った?」

「…」



私の代わりに、梓が保健医らしい。

じゃあ私は? 私は誰の代わりなのか。


なぜ私が10年前の姿なのに、5年前の臨也がいるのか。身体が小さくなった理由は? 疑問は尽きない。



「若、大丈夫か?」



車を一時停止させて、梓が顔を覗き込む。

アップで視界いっぱいに映る梓。

ふわりとシトラスの香りが鼻腔をくすぐった。



「梓、もし…」

「?」

「いや、何でもない。ちょっと疲れたみたいで記憶飛んだ」

「アレ、か」

「多分ね。まあ大丈夫、梓いるから安心」



アレ、と言うのはまた今度話をするとして。

だらしなく頬を緩める梓に溜め息を吐き出す。呆れているわけじゃなくて、照れからくる溜め息だと言うことは梓なら分かっているはずだ。


そこは幼馴染み兼元彼、互いの理解に関しては実の両親を越えている。



「若のそう言うとこ好きやで」

「ありがとう」

「でも折原くんに関わるのはやめや」

「はあ?」

「さっき問い詰められとった来神の子のこと、関わったら日常はないと思いや」

「……」










03.シトラスに紛れた紫煙




それを鼻で感じながら分かった、と頷く。内心でふつふつと沸く怒りを精神力で沈めた。


駄目だ、臨也のこと悪く言われただけで何か苛つく。

臨也なんてどう考えても嫌いだと言う人間の方が多いのに。と言うか自分だって臨也の悪口言うくせに。


まさか臨也を悪く言って良いのは私だけだ、ってか?


とんだ独占欲だ。






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