梓に連れていかれるまま、職員室を訪ねる。そこにいたのは来神時代の懐かしい先生方。
梓に任せるまま、私は“転校手続き”を済ませた。
「若、今日は送るから車乗り」
「ありがと」
梓の車に乗り込む。シトラスの香る車内の隙間から微かな煙草の香り。
ああ、そう言えばたまに煙草吸ってたっけか。
助手席に乗り込んでシートベルトを締めると車のエンジンがかかった。
夕日の射し込む車内が少し眩しくて視線を落とした。そこに写るのは何度見ても変わらない幼い手。
高校の時の、自分。
「新しい学校、ボクが居るから辛くなったら保健室おいで」
「!」
保健、室?
国語科準備室の間違いじゃないのか。だって梓は古典が専門だったはずだ。
私がここにいるように、梓も何か変わってしまったんだろうか。
「どないした?」
「梓、保健医なの…?」
「若、頭打った?」
「…」
私の代わりに、梓が保健医らしい。
じゃあ私は? 私は誰の代わりなのか。
なぜ私が10年前の姿なのに、5年前の臨也がいるのか。身体が小さくなった理由は? 疑問は尽きない。
「若、大丈夫か?」
車を一時停止させて、梓が顔を覗き込む。
アップで視界いっぱいに映る梓。
ふわりとシトラスの香りが鼻腔をくすぐった。
「梓、もし…」
「?」
「いや、何でもない。ちょっと疲れたみたいで記憶飛んだ」
「アレ、か」
「多分ね。まあ大丈夫、梓いるから安心」
アレ、と言うのはまた今度話をするとして。
だらしなく頬を緩める梓に溜め息を吐き出す。呆れているわけじゃなくて、照れからくる溜め息だと言うことは梓なら分かっているはずだ。
そこは幼馴染み兼元彼、互いの理解に関しては実の両親を越えている。
「若のそう言うとこ好きやで」
「ありがとう」
「でも折原くんに関わるのはやめや」
「はあ?」
「さっき問い詰められとった来神の子のこと、関わったら日常はないと思いや」
「……」
03.シトラスに紛れた紫煙
それを鼻で感じながら分かった、と頷く。内心でふつふつと沸く怒りを精神力で沈めた。
駄目だ、臨也のこと悪く言われただけで何か苛つく。
臨也なんてどう考えても嫌いだと言う人間の方が多いのに。と言うか自分だって臨也の悪口言うくせに。
まさか臨也を悪く言って良いのは私だけだ、ってか?
とんだ独占欲だ。
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