高揚する水曜日


「え、月島さんあの会社に勤めてるんですか?私の職場からあのビル見えますよ」
「そうか、まぁ、無駄にでかいから目立つよな」
珍しく空いた席に座って、たわいもない話をすれば彼の私生活が少し見えた気がした。
勤めている会社を聞くついでに名前も、と思い営業並みの丁寧な名刺交換を済ませてしまったのはついさっきだ。
「小巻も大変だな夜遅くまで働いて」
「いえ、私は仕事が遅いからで…。月島さんのように量が多いわけではないんです」
「丁寧な仕事をしてる証拠だ」
あぁ、この人の部下だったらどんなにいいだろう。
働いているところも大企業だし、性格もしっかりしてそうなのに
(結婚はされてないのか…)
左手をちらりと確認しても指輪は無かった。
30はいっているであろう年齢。小綺麗にして見えるから彼女位は居そうだと感じた。
(なんで、気になっちゃうのかな…)
これは恋なのだろうか。少し話すだけの男性に?
好きまでは行かずとも、洋服を考える時間が増えてしまう位に好印象なのは間違いない。
「そういえば、こないだあのコンビニの近くで痴漢があったらしい」
思い出したかのように月島さんは私の方を向いて言った
「えっ、凄い近い…ですね」
「小巻も気を付けるんだぞ。あの辺街灯少ないだろ?なんでもストーカーされていたらしいぞ」
「そうなんですか……」
「………」
ぎゅっとスカートを握る。
”ストーカー“その言葉を聞いて昔の事を思い出してしまった
(怖い……)
前に住んでいた家で経験がある。
暗い道を歩いていると聞こえてくる足音。勘違いだと思いつつも、家に逃げ込むように帰っていた。
「大丈夫か?」
「あ、はい……、すみません」
「顔色が悪い」
「実は、昔似たようなことをされまして…」
「………………」
「痴漢された、とかではないんですけど…」
「何もされなかったのか?」
「………ハンカチが、盗まれました」
「そうか……気味が悪いな」
「それがきっかけで此方に引っ越してきたんです」
結果的に良かったのだ。新しい部屋は新築だし、オートロックを選んだしカメラだってついている。
それ以降変な事もなくなった。
自分の降りる駅のアナウンスが流れて降りる準備をする。
「男性も襲われることあると思うので、月島さんも気を付けてくださいね」
「俺を襲うやつは居ないだろ」
確かに鍛えてそうな腕が見えて笑ってしまう
「そうですね、では、おやすみなさい」
電車が止まって立ち上がると、月島さんも立ち上がった
「送る」
「えっ」
言ってる意味がわからなくて立ち止まってると、ドアが閉まるぞ、と月島さんが背中を押してくれて二人でホームへと降りた
「あ、あのっ」
「すまない、怖い話をしてしまって。嫌な事まで思い出させてしまった。夜も遅いし今日は送らせてくれ」
「いやいや、大丈夫です!1人で帰れます!」
「家は知られたくないだろうから、近くのコンビニまでになるが。1人よりはましだろう」
「申し訳ないですから」
いいです、と何度断っても彼の意志は固いらしい。
俺も久しぶりに歩きたい気分だから、とさっさと改札へと向かってしまう。
私も小走りで追いかける。
「…あの、すみません。お気遣い頂いてしまって」
「俺がしたいだけだ。それよりこっちの駅は随分栄えてるな」
1つ駅が違うだけでこうも違うんだな、と月島さんは笑った。
私はその笑顔にぎゅっと心臓を捕まれてしまったのは言うまでもない。

高揚する水曜日
(本当に、優しい人だこの人は)


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