猫は疑い深かった


あの日から彼女はよくうろうろと歩いている。
鶴見のお気に入りだと言ったからか、彼女に危害を加えるやつは居ないようだ。
「おい、そっちは訓練所だ。危ないから行くな」
後ろ姿が見えたので声をかけたが、彼女の耳が悪いことを思い出して月島は彼女に駆け寄った。
後ろからだと驚くかもしれないので、少し距離を置いてなるべく横から現れると、知った顔だったからかさくらは笑って頭を下げた。
「おはよう、さくら。そっちはダメだ」
訓練所の方を指差して手でばってん印を作れば、さくらは納得したような顔をして静かに頷いた。
彼女の細い指が月島の手を握って手のひらを出させる。
(あ、り、が、と、う、ま、よ、っ、て、た、の)
平仮名で一つ一つ書かれた言葉を読み取る。
「そうか。鶴見中尉の所に戻るぞ、あぁ。書くか」
喋った後に今度は月島の男らしい手が彼女の手のひらをなぞる。
爪に少し泥が入ってるのが見えて、彼女の手を汚さないか気になった。
「も、ど、る、ぞ」
簡潔に書けば、こくん、とまた首を縦に降った。
二人で並びながら歩いていると前の建物の影から煙が上がってるのに気づく
「ちょっと待っててくれ」
手でストップ、とさくらを止めてそこに居るであろう人物に声をかけた
「喫煙するならちゃんと場所を守れ」
「あー、見つかった」
「流石軍曹殿は鼻が利く」
座り込んでタバコをふかしている尾形の隣で宇佐美が壁に寄りかかりながら僕は吸ってません、と弁解した
「あ、その子が例の子ですか〜?」
「っ!さくら、待ってろと言っただろ」
後ろからひょこっと顔を出したさくらは尾形と宇佐美の顔を交互に見てペコリと頭を下げた
「尾形です、初めまして」
吸っていた煙草をくしゃ、と地面に押し付けてから手を数回叩いた後握手を求めると、声をかけられたのだとわかり彼女もそれに応じた
「お名前は?」
「彼女が話せないのは知っているだろう」
すかさず月島が仲裁に入るとさくらは首をかしげた。
「な、ま、え、を、き、い、て、い、る」
月島は彼女の手を取って書いてやると、納得したように今度はさくらが尾形の手を取って、一文字ずつ名前を書いていく
「めんどうですな」
「仕方ないだろう」
「可哀想ですね〜、色々大変そうだ」
宇佐美も入ってきてさくらの手を取り名前を書いた。自分の事をその後に指差せば、名前がわかって嬉しいのかさくらはにっこり笑った。
「話せない、聞けない、中尉の都合のいいお人形ってわけですか」
「言葉が過ぎるぞ、尾形」
すみません、と頭をかきながら大して悪びれもなく尾形は口端を上げた。
「とりあえず、次からは気を付けろよ」
月島がさくらを連れて行こうと彼女を先導する。
先に歩かせてさくらの後ろを追うと、背後からどんっ!とかなり大きな音がした。
月島が瞬時に後ろを振り替えると、尾形が壁に拳をついていた。
なぜ建物の壁を殴ったのか理由はすぐにわかる。
「ははぁ、本当に聞こえないご様子で」
(こいつ……)
月島と違いさくらはそのまま前を行っていた。
(試したのか…)
疑い深いのは良いことだが、侮れないな、と月島はまたさくらの後を追った
猫は疑い深かった
(本当に人形みたいだったな)
(尾形って嫌なやつ〜)


back





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -