「あのとき……」::P1/2


黒板と教卓、それと三つの机。
調停官事務所がある建物の一室を利用した臨時学校だ。
里が復興してからも新しい建物に移って続いている。
生徒は相変わらずの三人。先生は兼業。
空いた時間を利用して授業が行われる。

習う科目は基礎学問、それから自活だ
これは家事や里で暮らしていくコツを教えてもらう。
衰退してのんびりと暮らしている時代をもっと面白く楽して生きていく裏技のようなもの。
それに関してここの先生はエキスパートともいえる。

例えば肉が食べたくなったときにどうするか。
子供のAはまだ狩りに同行させてもらえない。
肉を持っている誰かと交渉して分けてもらうしかないのだ。
この交渉には賢さが要求される。
重労働をさせられたあげくに貰えたのがくず肉だったということになっては涙味の肉になってしまう。
自由に使い放題とは言えない配給札も節約しながら生活したい。
そういうときのために、簡単な手伝いでおいしい肉を報酬に出してくれる優しい人物と仲良くしておくといい。
人の好意にはとことん甘えろ、というのが先生の教えだ。

その点、調停官事務所の前所長は良かった。
銃を担いで狩りに出る姿が格好良くてAの憧れだった。
生徒たちを家に招待して食べさせてくれた料理も絶品だった。
人生の目標にするべき人物だとAは確信した。
将来の夢を書いた作文を読んだ先生は何とも言えない表情をしていたが。
漢のロマンというやつを先生はわかっていないのだ。

理想の大人を目指してAは学校に通う。
勉強はあまり得意ではないが学校は嫌いじゃない。
嵐の日以外は休まずに通った。
いろんなことを覚えてはやく一人前になりたいとAは思う。

得意な分野はなんといっても体を動かすもの。
かけっこや木登りなら誰にも負けない自信がある。
工作の授業で棚を作ったときも三人のなかで一番うまくできた。
それと古い映画を見るのも好きだ。
先生の本業が忙しくて自習になった日の当たりの授業。
計算問題を解け、書き取りをしろといったつまらない課題とは違う。
プッチモニが掘り出してきたデータを、カーテンを閉めて暗くした教室の壁に映し出してみんなで見る。
たった二時間。だがとても濃密な二時間。
わくわくする冒険が繰り広げられる。

今日もそんな内容の自習にならないかなぁと窓の外を見上げる。
授業の開始まで少し早い時間。
先生はまだ来てない。
女子生徒のCもまだだった。
いま、この教室にはAとBの二人だけ。

この学校が始まってからの付き合いの同級生。
Aの身長が少し伸びるだけの時間を一緒に過ごしてきた。
出会った日がもうずいぶんと昔のことのように思う。
ケンカはあまりしなくなった。
一緒に遊ぶ時間が増えた。
少し仲良くなって席の並びも変わった。
三人で横一列に。これが生徒ABCのいまの関係だ。

空席を挟んで右隣からしずかに紙をめくる音が聞こえた。

Bはいつも難しい本を読んでいる。
暇さえあれば本を開いてる生徒だった。
今日も授業が始まるまでの時間を自由に過ごしている。

Aもおとなしく席に着いていた。
じっとしてるのはもったいないといつもなら思うところだが、いまは動き回る気分にはなれなかった。
頬杖に頭を預けて重い息を吐き出した。
顔は窓の外に向けたまま紙がこすれる音に耳を傾ける。


Aには最近ずっと気になってることがあった。
寝る前などにふと思い出してもやもやとする。
ひとりでは見つけられない答えを探して暗い部屋で考える。
AとBに関わる重大な話。
あまりCには聞かれたくない話題。
直接Bに聞いてみるのが手っ取り早いと気づいていたが、実行できないまま今日まで来た。
いまの状況はふたりきりで話をするには絶好のチャンスだった。
ずっと気になってるあのことを聞いてみようか。
Aは口を開いた。

「おまえさー……」

本を読んでいた同級生の意識がAに向くのを感じた。
どうやら話を聞く態勢になってくれた様子。読書の邪魔だと突っぱねられることはなかった。
しかし、いざ声をかけてはみたが続けられない。
聞いてみたいことはあるが、それを言葉にするのはどんな国語の問題よりも難しかった。
いつものもやもやした気持ちに息苦しさが追加される。
この苦しさの正体は簡単に見破れた。頬が熱を持ち始める。
急に恥ずかしくなってきたAはもごもごと口ごもる。
こんなことなら台詞を書き出して予行演習でもしとくんだったと思うがもう遅い。
『呼んでみただけ』なんて冗談を言って誤魔化したらどうだろう。
想像してみて撤回する。
変な奴だと思われることは必至だった。

「なに?」

いつまでも本題に入ろうとしないことにしびれを切らしたBが続きを催促する。
このまま黙っていても変な奴だと気づかされる。
あれこれと考えていても後戻りはできない。
会話は始まってしまっていた。

言葉を探して視線をさまよわせる。
細長い雲、羽を広げた鳥、どこにも答えは見つからなかった。
二人だけで秘密の話をしようとしているのだ。
誰かの手助けなど期待できるわけもない。
Aは一度深呼吸をすると、のどの奥から声を絞り出した。

「……あのときの、あれってどうなった?」

裏返り気味の声、ぎりぎり届くだけの声量。
心臓はばくばくと高鳴り、うっすらと汗をかいていた。
赤く染まった顔を隠すように視線は空に固定させた。
よく見ると耳まで真っ赤になっている。
Bが気づかないでいてくれるようにAは祈った。


ぱらりとページをめくってBが聞き返す。

「あれって?」

「ほら、だから、あの……あのときの」

「はっきり言ってくれないか」

声に含まれる棘が赤く敏感になってる耳に突き刺さる。
怒らせるつもりなんてなかったAは、予想外の展開に少し焦る。
話せるものならすんなりと話したい。
うまく言葉にできない自分がもどかしかった。
いまだけはよく口のまわるCがうらやましいと思うAだった。

そんなAに追い打ちをかけるように小さなため息が放たれる。
読書中の会話を許したBだったが、なかなか話が進まないとなると我慢の限界が近づいてくる。
苛立つのは当然のことだろう。
もし逆の立場ならAはここで会話を断ち切っていたに違いない。
それを考えるとまだ話を聞いてくれようとしてるBはやさしいと言えた。
そう、BはAにやさしい
いつも気遣ってくれていた。
それをAは身を持って実感していた。
あのときもBはやさしくしてくれようとしていた。
どうしてなのか、あのときはよく解らなかった。
ただ奇妙に感じて、Bから距離を置こうとしていた。

ここで話すのを止めたらまた同じことの繰り返しではないか。
目の前にいるBから逃げてばかりの弱い自分が嫌になる。
Aのしたかったことはこんなぐだぐだしたやり取りじゃなかったはず。
覚悟を決めるときが来た。Aは乾いた唇を湿らせて、震えそうになる声に勇気を込めた。


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