十センチの鶴の恩返し?::P1/1


「おれいがしたいのです」

白い羽根飾りを刺した帽子頭がぺこりと下げられます。
巧妙な罠に引っかかって困っていたところを助けてもらったお礼がしたい。
玄関をノックして訪ねてきた妖精さんの用件でした。

「はー?」訪ねられた妖精さんは率直な気持ちを声に出します「たすけた?」

「たすけられて、たすかたです」

いつ助けたのでしょう。
昨日の出来事も遠い昔のように感じてしまう妖精さんです。
助けたことも記憶の彼方に飛んでしまっていました。
妖精さん自身には覚えのないことですが、助けられたと言われてみると、
助けたような気分にもなってきます。
こうしてお礼を言いに訪ねてきてくれる子がいるのです。きっと事実なはず。
首をかしげて記憶を呼び起こします。


≡≡≡≡

昨日はどんぐりを拾いに森へ行きました。

森には人間が仕掛けた罠がたくさんあります。
畑を荒らしたり、人間を傷つける害獣に対処する為のものです。
人間のごはん調達にも使用されます。
一番多いのは、檻に餌を仕掛けて獣が食べにきたら閉じ込めるという罠。
そこに仕掛けられているのがお菓子でもない限り妖精さんには効果がないのですが
ときには面白がってつっついて遊んでいるうちに檻が閉じてしまうこともあります。
他にも、足に噛みついて動けなくするトラバサミ。
大きな音の鳴るものなどもあります。
森を歩くときは気をつけねばなりません。

ところで、今の季節は木の実が豊富な時期です。
森全体が色づいて冬を越す準備を始めるのです。
同時に小動物たちが餌をかき集める時期でもあり、せっせと頬袋に木の実を詰め込む愛らしい姿が見られます。
それでもまだ取り尽くせないくらいの木の実が森にはありました。
妖精さんひとりくらいが追加になっても余裕です。
ですが、近くで拾いあっていると、いつのまにやら競争へと発展してしまうものです。
ライバルのような関係になります。
ひとつでも多く取ってやろうと熱中して拾いました。
妖精さんの素早さは小動物にも負けてはいません。
ひとり対一匹ならいい勝負ができたはずです。

しかし、森に暮らす小動物たちにひとりで勝負を挑むには分が悪すぎました。
妖精さんが一粒拾う間に、三十匹の動物は三十粒も拾います。
離されるばかりで追いつけません。
劣勢を覚った妖精さんは奥の手を繰り出しました。
超強力掃除機を用いて周囲にあるどんぐりを吸い取ったのです。
持ち運べる限界までの量を集めて帰りました。

拾ってきたどんぐりは楊枝を刺して独楽にしました。
部屋いっぱいを埋め尽くすほどの独楽はいつまでもいつまでも回り続けたのでした。

≡≡≡≡

「おれいは、てづくりおかしにて」

楽しかった記憶に浸る妖精さんを甘い言葉が呼び覚まします。

お菓子が大好物な妖精さんは瞳を輝かせました。
それも手作りと言います。

お菓子は好き。だけど作るのは苦手な妖精さんたちにとって、手作りというだけでレア度が上がります。
他にはない幸せの味です。とっても貴重な品です。
これはお礼を受け取らねば損だと妖精さんは首を縦にこくこく振りました。


妖精さんは彼を家のなかへ招き入れました。
昭和時代の中流家庭をモチーフに造られた家は妖精サイズに縮小されてはいますが、それでも普通の家と同じように機能します。
蛇口をひねると水が出ます。スイッチを入れるとガスコンロに火がつきます。
ライフラインなど繋がっていないはずですが、何不自由なく生活できる環境が整っていました。
お菓子作りをするのにも十分です。

白い羽根飾りを着けた妖精さんは台所を見回してひとつうなずきました。
そして家主妖精さんに向けて言います。

「ぼくがでてくるまで、のぞいちゃらめです」

そして台所に繋がる戸を閉めてしまいました。
どうしても見られたくない事情があるのでしょう。
これは秘密のレシピで作ったお菓子が食べられるかもしれないと、妖精さんの胸は高鳴ります。
閉め出されてがっかりでしたが、期待が勝り、上機嫌でした。

出来上がるまでは数時間はかかるそうです。
それまでの間は、どんぐり人形でも作って遊んでようかな、と当初の予定に戻った妖精さんでしたが
一旦は台所の前から離れても、またすぐに戻ってきてしまいます。
お菓子のことが気になってどうしても落ち着いていられません。
何度も行ったり来たり、うろうろ、うろうろ。
しまいには台所前で正座待機を始めました。
羽根飾りの妖精さんが出てきたらすぐにでも食べられるようにです。


それから三時間後、戸を開けて羽根飾りの妖精さんが出てきました。
少し疲れた風にも見える表情なのは、一生懸命に作ってくれた証拠でしょうか。
息もあがっているようです。
お菓子作りとは予想外に体力を必要とする作業なのです。

立ち上がった家主妖精さんの前に差し出されたお盆には、美味しそうなお菓子が乗っています。
おまんじゅうでした。
くちばしと羽がある面白い形をしていました。
鳩か雀かヒヨコか、まるい鳥です。

手にとってみるとあたたかさが残っていて、作りたてを実感することができました。
妖精さんは口いっぱいに頬張ります。鳥の頭からいきました。
あんこは、ほぅっと心暖まる甘味がします。
おまんじゅうの半分を飲み込んで、残りの半分もお腹のなかに消えました。

お礼のおまんじゅうはとても満足いく味でした。

「おいしかたです」
「おそまつくんでした」
「こんやは、おとまりしてってくださいな」

そしてぜひ明日も食べさせてほしいとお願いしました。


翌日も、羽根飾りの妖精さんは台所に籠ります。
そのまた次の日も、台所に籠って作ってくれたお菓子を食べる生活をします。
羽根飾りの妖精さんはお泊まりし続け、この家に住み込むこととなりました。
おやつを食べて、一緒に遊んで、一緒に寝る。
とてもとても幸せな毎日でしたが、やはり気になることがあります。

こんなに美味しいお菓子はどうやって作られているのでしょうか。
妖精の手でも作れるならぜひ知りたいと思う家主の妖精さんです。
この方法を知ることができたら、自分でも作っていつでも食べ放題となります。
夢のような生活を送ってみたいと夢見ています。

台所のなかはとても静か。
漏れて聞こえてくる音から作業内容を推測するともいきません。
それとなく質問してみたこともありましたが、うまくはぐらかされてしまって聞き出せませんでした。
こうも隠されるとどうしても知りたくなって、我慢も限界に近づきます。

決断から行動に移るまでは早いものでした。
すっかり定位置となった台所前から立ち上がって二歩で目的地に到着です。
この戸を開けて覗いてしまえば幸せが見つかります。

出会った日から今日まで守り続けてきた約束をとうとうやぶってしまいました。


「なかに、だれもいませんです?」

そう、誰もいませんでした。
お菓子を作っているはずの妖精さんもです。
台所はきれいな状態で、鍋もお皿も棚に納まっていて一度も手をつけていない様子でした。
この様子ではきっと昨日も一昨日も使っていないでしょう。
では、食べさせてもらっていたお菓子はどうしたのか、疑問が残ります。
答えてくれるはずの羽根飾りの妖精さんはいません。
夢から覚めたような気分で途方に暮れる家主妖精さん。
時間も忘れて立ち尽くしていたところ、不審な物音に気づいて顔を上げました。
見ると、窓が薄く開いています。
外から窓を開けて侵入してくる者がいたのです。その小さな人影が妖精さんの前に着地しました。


「あー、みちゃらめ、いったのにー」

羽根飾りの妖精さんの帰還でした。
驚いた家主妖精さん。いろいろと聞きたいことがありますが、うまく言葉が出てきません。

「どこに?」
「てづくりおかしとってきたです」
「だれの?」
「にんげんさんの」

まだ状況を把握しきれていない家主妖精さんの前に甘い香りが漂う箱が置かれます。
羽根飾りの妖精さんが持ち帰ってきたもの。箱の中身は今日の分のおやつです。

台所を閉めきっていた間に、彼は窓から抜け出て、人間さんの家まで出かけていたそうです。
お菓子作りを苦手とするのは彼も同じでした。
なのでお菓子作りを趣味とする人間さんから貰ったものをお礼にしていたと言います。


今日のおやつを口に運んだ家主妖精さん。
これまでと変わらない美味しさ。ですが、どこか物足りない味です。
手作りの幸せの味が感じられませんでした。
羽根飾りの妖精さんに作ってもらっていたという特別さがなくなってしまったからだと気づいています。
彼の隠していた秘密を知ってしまったからには、この同居生活も終わりでしょう。
この家から出ていくに違いありません。
それを思うとお菓子を食べる速度も鈍くなります。

「あしたは、いっしょにいくます?」
「へ?」
「にんげんさんのおうち、できたておかしたべれる」

思わぬ提案に、お菓子を食べる手は完全に止まりました。

想像してみます。
オーブンから取り出された焼きたてのクッキーを。
あつあつの湯気がたってこうばしい香りを放つそれはその瞬間にしか食べられないご馳走です。
やはり手作りお菓子の魅力には勝てません。

「いくます」
「あさになったら、はやおきて、いく!」
「いく!」
「いく、いく!」
「いくっー!」

まだ一緒にいられると決まったら楽しくなってきました。
明日に備えてもう寝よう。
二人は連れ立って寝室へ向かいました。


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