十センチの赤ずきん?::P1/1


食べられた!
ちくわが食べられた!


目の前には黒い毛の犬が一匹。
汚れてくすんだ毛並みから人間に飼われて愛されてる存在ではないとわかります。
撫でてあげたくなるような愛嬌は欠片もありません。
彼はお腹をすかせた野犬でした。

鼻にシワを寄せて尖った犬歯を見せつけてきます。
ちくわひとりだけではまだまだ食べたりないのか、開いた口からヨダレが糸をひいてこぼれ落ちました。
ぎらりと暗い光を宿した瞳は次の獲物を値踏みしているようです。
獲物とはちくわと一緒に遊んでいた妖精さんたちのこと。
お腹のなかにちくわが消えた様子を見て、呆然と立ち尽くしています。
ひとくちでぺろりといただかれていました。
あまりの早業に、妖精さんたちは見ているしかできなかったのです。
今もなお妖精さんたちの思考は停止しています。
頭が真っ白になって、どう行動するべきか判断できなくなっています。

妖精さんたちの硬直を解かせたのは野犬でした。
爪が鋭く伸びた前足が一歩踏み出されます。
あの足に踏みつけられたのが始まりであり終わりでした。
動けなくされたところでちくわはぺろりとお腹のなかへ落ちました。

「ぴーーー!」「にげー!」「あんぜんなのどこー?」「ぼくはおいしくなーい」「おなかぴーぴーなるです」

森の広場に集まって遊んでいた三十人ほどの妖精さんたちは大慌てです。
次に食べられるのは自分かもしれない。
あっちにこっちに逃げまどい、収拾がつかなるなる騒ぎになりました。
ひとりは高い木にのぼって、ひとりは死んだふり、迷彩マントで景色にとけ込み、走って逃げる、飛んで逃亡。
思い思いの方法で野犬の牙から逃れる行動を試します。

「にげるのやめーーーっ!」

そこへ、ひとりの妖精さんの声が響きわたりました。
逃げ遅れていた妖精さんたちの注目が一点に集まります。
赤い頭巾をかぶったきゃっぷです。
この色はとてもよく目立ちます。リーダーの色です。

「きゃぷー」「きゃぷ、おたすけ」

彼なら何とかしてくれる、そんな期待を持たせてくれる。
もう妖精さんたちにはきゃっぷにすがるしか生き残る術が残されていない気がしました。
こちらの方が助かる確率が高そうだと、死んだふりをしていた妖精さんも駆け寄ります。
きゃっぷの赤い頭巾を中心に輪ができました。

「にげたら、めっ!ちくわをきゅうしゅちゅする!」

「どうやて?」「しょうかずみなのでは?」「えいようきゅうしゅうされたかと」「きょうをいきるかてになたです」

三十人ほどいた妖精さんも今は一桁です。
これだけの人数ではできることにも限りがあります。
助け出すのは不可能かと思われます。

「……まだだいじょぶ」
きゃっぷだって不安はあります。
ですが、信じることが大事なのだと誰かが言っていました。

きゃっぷそう言うなら大丈夫?
根拠のない自信はみんなに伝播していきます。
「だいじょぶ?」「だいじょぶかも」「いける?」「いけいけ」
気分が盛り上がったらいける気がしてきました。

「ちくわをきゅうしゅちゅしゅりゅ!!!」
『おーーー!』

拳をあげて応える声が揃ったとき、同じタイミングで野犬が飛びかかってきました。


「のりづけ!」
「ぺったん」「べたべた」

きゃっぷの指示に従って二人の妖精さんが液状糊をまき散らします。
野犬だけに効果あり。自然にやさしい素材で作られた糊です。
獲物めがけて突進してくる野犬が、糊がまかれた範囲に来たら瞬間くっつく剤の威力の見せ所です。
その名の通り、触れた瞬間にくっつくのです。
野犬の四本の足が地面と一体化してしまいました。
動けなくなって目を白黒させていた野犬ですが、すぐに闘志を取り戻し
地獄の底から発するようなうなり声で威嚇します。
ここにいる全員を食べ尽くすまで、この怒りは鎮まらないでしょう。
力ずくでも足を引きはがそうと暴れています。
いつもなら失禁してしまう怖さも、動けない相手となったら余裕綽々です。
近くに寄って爪や牙を観察もできます。


「つぎ、これ!ぷらすじしゃく!」
きゃっぷが天高く掲げるもの、それは表面に『+』と刻まれた長方形の磁石でした。

「じしゃくはいいね」「なんでもできる」「くぎくっつけてあそぶ?」

磁石は妖精さんたちにも人気のアイテムです。
輪ゴムと並んで便利な動力源でもあります。その使い道は無限大。

「これ、わんこのくちにいれる」
「んで?」
「じしゃくのぷらすとちくわのまいなす、ひかれあって、ちくわがくっつく」
「ちくわもぷらすだたら?」
「……!」その発想はなかった。絶句するきゃっぷです。
……ちくわもぷらすだったら?
その様子を想像してみた結果、いい思いつきにたどり着きました。
「はんぱつして、おしておして、おしりからでる!」
「おおー!」「さすがきゃぷ」「かっこいーです」「おしりからでるの、きたいするです?」
磁石があれば何でもできます。


「ぐるるるる」
磁石を抱えたきゃっぷが近寄ると、うなり声がより低く変化しました。
頭巾の赤色が敵愾心を煽っているようでもあります。
「はい、あーんして」
「があぁっ……がっ」
きゃっぷの言葉に従って大きく開いた口に、磁石の先端がつっこまれました。
本当のところ、きゃっぷを食べるつもりの大口だったわけですが、一歩届かずされるがままです。
何かあれな力が働いて、口を閉じれなくなりました。

刺さらないように気をつけて、ギザギザの牙の合間に器用に座るきゃっぷ。
「ちくわー、ちぃくわー」
のどの奥の、もっと深いところに向け呼びかけてみますが、ちくわからの返事はありません。
すました耳に聞こえてくるのは野犬の荒い呼吸音だけ。
まさか本当に、胃酸でどろどろに溶かされて吸収されてしまったのでしょうか。


野犬の周りに集まって見守る妖精さんたちはというと。
どちらから出てくるのか見逃せない、とばかりに注視しています。
何かおもしろいことをやってるらしい。楽しい雰囲気を嗅ぎつけてやってくる子もいました。
彼らの期待に応えるためにも、きゃっぷは確実にちくわを救出しなければなりません。


磁力はお腹まで届いてると思われますが、まだ力が足りないようです。
口にもお尻にも変化なし。
きゃっぷが考えていた計画では、ものすごい磁石パワーでちくわが飛び出してくるはずでした。
なのに、うまくいきません。

ここでもうひと工夫してみることにしました。
ポケットから取り出した糸を磁石に巻きつけ、きつく縛ります。
「えいっ」
のどの奥めがけて放り込んだ磁石。
ほとんど反射的に、ごくんっ、とのどが鳴りました。
さすがに固い異物を飲み込むのは無理があります。すきっ腹に磁石を飲み込まされ苦しそうな野犬です。
最後の抵抗とばかりに、かろうじて自由になる首を振って暴れますが、この小さな自由人には効かないのです。
しっかりと牙の合間に体をおさめて固定しています。
野犬の口のなかで、ちくわ救出作戦は続行されます。

磁石が食道を通って下りていくにしたがって、糸がするすると伸びていきます。
きゃっぷの手は糸の逆端をしっかりと握ります。
これはちくわを救出する命の糸です。絶対に放せません。
と、糸の動きが止まりました。
目的の胃まで到達したようです。
ここにちくわがいてくれたら助けられるはずです。

釣りの要領で糸をくいくいっと引き、手応えを確認してみます。
少し重い気がします。アタリが来たかもしれません。
きゃっぷは、いける、と判断しました。
あとは素早く、しかし慎重に引き上げるだけです。
きゃっぷは両手を使って糸を巻き取ります。伸びていった分の長さだけ糸が返ってきます。
やはり磁石以上の重りがくっついてきてます。ちくわの存在を感じます。

「……ケホッ」
野犬が小さく咳き込みました。
この咳はきゃっぷの体を吹き飛ばします。
あんなにしっかりと固定されていたのに、小さな咳ひとつで飛んだのには意味がありました。
決着がつくときが近いということです。

後ろ向きに飛ばされたきゃっぷ。それでも手は糸を掴んでいました。
両目は糸の先にあるものを強く見つめます。

のどの奥までつながっていた糸が引っ張られて口の外へ。
糸の先端にくくりつけられた磁石と、ちくわが帰ってきました。
外へ飛び出したちくわはいろいろ汚れてましたが、まだ大丈夫。
ちゃんと妖精の形をしています。どこも溶けてはいません。
そのまるいお尻に磁石が張り付いています。
プラス磁石とくっつく、ちくわの体はマイナスでした。


「きたーーーっ!」
明るい声でちくわの生還を喜ぶきゃっぷ。
「ああー」「くちからかー」「なんか、ふつう」「こんどは、おしりにいれてだしてみては?」
他の妖精さんたちには若干不満の残る結末となったようです。


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