十センチのわらしべ長者?::P1/1


甘くていい香りのする世界でした。
くんくん、と鼻をひくつかせて嗅いでいると全身が甘い香りで満たされるようでした。
砂糖の甘い香りです。
バニラエッセンスの甘い香りです。
果物の甘い香りです。
大好きなお菓子の香りです。

あたりを見回してお菓子を探しますが、いっこうに見つかりません。
くんくん。鼻をひくつかせて匂いをたどります。
お菓子を求める強い気持ちが香りの元へ導いてくれます。
そこには神様がいました。

長い髪とやさしい笑顔が印象的なとてもうつくしい女神様です。
周囲がふわっとお菓子の香りで包まれます。

神様は言います。
――目が覚めて、一番さいしょに触ったものを大事にするといいですよ
「ほへ?」
――きっと、たぶんいいことがあります
「いーことはおかしです?」
――そうかも?いや違う……いえ、たぶんそうかも
妖精さんを悩ませる神様の言葉です。
――さぁ、お目覚めの時間ですよ
曖昧な言葉を誤魔化すかのように神様が告げました。
そして神様が、ぱちんっ、と手を打ち鳴らすと世界は白い光に包まれました。


全部夢でした。
頭上に広がる空がまぶしくて両手で目をこすります。
輪切りにしたタンポポの茎を枕に、やわらかい若葉を掛け布団にして眠っていた妖精さん。
名前をちくわといいます。
夢から覚めてもまだぼんやりする頭で、さっきまで見ていた夢の内容を思い返します。
一番に思い出すのはお菓子の香り。
二番目に神様の言葉です。
お菓子の香りのいいことがあるそうです。

「いーこと、なにです?」

疑問を声にしてみても答えてくれる神様はいません。

それでも、これから見つかる『いーこと』のことを考えるだけで胸がわくわくするのでした。
探しにいこう。
予定が決定しました。

起き上がったちくわは辺りを見回します。
ここは灰色の建物が崩壊してできた瓦礫の山の上です。
他よりも少し高い位置から、くんくん、鼻をひくつかせてみても
夢のなかで嗅いだような幸せの香りは感じられませんでした。
匂いをたどって行くとうわけにはいかないようです。

とりあえず、出発してみることにします。
どっちの方角に行こうか、迷いながら一歩目を踏み出した、その時
「うにゃっ」
ちくわの体は空中に放り出されていました。
瓦礫にへばりつくようにして生えていたたくさんのつる性植物、その一本に足が引っかかったのです。
寝起きの体では反応が遅れてしまいました。
どうすることもできないまま空中を飛んで、着地と同時に今度はころころ転がります。
下りの段差をすってんころりん。
小さくてまるっこい体のちくわはおもしろいくらいによく転がります。
ころころ、ころころ。
このままずっと止まらないんじゃないか、そう不安に思いながらも
でも、回る世界も楽しいかもと身をまかせていたときです。
ぼすんっ、と何かにぶつかって仰向けで止まりました。
幸いなことに痛みはありませんでした。

「おけがはないです?」

紳士的な声と共に、上から覗きこんできた顔がありました。
まぶしい空の下、逆光になって見えにくい。
ですが、ちくわには彼が誰なのかすぐにわかりました。
知っている人物です。
憧れのさー・くりすとふぁー・まくふぁーれんでした。

そっと差しのべられた手を頼りに起き上がります。
転がり続けるちくわを止めてくれたのも彼でした。

「さーくりすとふぁー」
「くりす、とよんでくださいです」
「くりす!」
「うぃ」
「さんくす」

感謝の気持ちを言葉に、握った手も上下に振って全身で表現します。
大袈裟ともいえるちくわの態度に、なんだかくりすまでもが楽しくなってきました。
二人でぶんぶんぶんぶん。ますます激しくなる手の振り。
触れあう手のひらのあたたかさが全身の体温を上げていくようでした。
このまま離したくない。そんなわがままがちくわの心を揺さぶります。
そこで気づきました。
目覚めて一番さいしょに触れたものに。

二人の接点から目が離せませんでした。
しっかりと握ったこの手が『いーこと』の第一歩です。
それに、さいしょに触れたものがくりすなのには特別な意味があるように感じたのです。
ちくわは神様に感謝しました。
そして夢の内容を信じてみようと思いました。

「くりす」
「どうかしたです?」
「このまま、て、つないでたいです」
「なにか、わけありなのですな」
「なのです」
「りょーかいしたのです」

突然の申し出にもくりすは快くうなずいてくれました。
嬉しさが爆発して頭から湯気が出てしまう思いがするちくわでした。


二人は手をつないで牧草地を歩きます。
いいことを探す旅です。
こうして歩いていれば、きっとたぶんたどり着けるはず。
どこかにいいことが落ちてるかもと思うだけで、人数が増えてしまいそう。
楽しい気持ちはぐんぐん上昇します。
それだけではありません。
並んで歩く横顔をチラ見してはちくわは体をぷるぷるさせます。
他の妖精にはない高貴な輝きがちくわには見えました。
もうずっとちくわの胸は高鳴りっぱなしです。
いつもなら寄ってきては鼻先で妖精さんを転がして遊びはじめるいたずら羊と出会わないでいられるのも
くりすと一緒にいるおかげの幸運かもしれません。


「おーい」

二人に呼び掛ける声がありました。
足を止めた二人の前に、草の茂みから妖精さんが飛び出してきました。
その妖精さんは片手をあげて二人に挨拶します。

「んー?」「なにかごようです?」

「にんずーたりないの。なかまいりしてー」

牧草の合間から他にも三人の妖精が顔を出していました。
はないちもんめをして遊ぼうと計画していた彼らですが、どうにも人数が足りません。
そこに偶然通りかかった二人を誘いにきたというわけです。

ちくわは迷いました。
遊びたい気持ちが半分、この手を離したくない気持ちが半分。
せめぎあうふたつの気持ちで、ちくわの頭はぐるぐる、体はくねくね。
なかなか返事ができません。

この手を離してみんなと遊んだら楽しい時間が待っています。
これはきっと『いーこと』に違いありません。
ですが、くりすと手を離すことは、悲しいことに思えたのです。
遊びの仲間に入ったら、他の誰かと交換されてしまう。
楽しい時間と引き換えに手放してもいいものでしょうか。

「あうぅぅ」

うつむいてしまったちくわの手をくりすがしっかりと握りなおします。
力強くあたたかい手は、ちくわを励ましているようでした。
約束通りにこのまま手をつなぎ続けててあげる。そんな風にちくわは感じとりました。

「これからおでかけなのです。またこんどあそびましょ」
「そかー、またねー」

迷って答えが出ないちくわに代わって、くりすが返事をしてくれました。
妖精さんたちが牧草地の向こうへ去って、あとにはちくわとくりすだけが残りました。
また元通りの二人きりです。

ここまで当てもなく歩いてきた二人ですが、少し座って休憩することにしました。
石垣の上から風に吹かれて揺れる牧草を眺めます。
もちろん手はつないだまま。

「これからどこに?」
くりすが聞きます。
「ゆくあてなしです」
ちくわが答えます。
「では、かみさまのいえいく、どーです?」
くりすが提案します。
「かみさま?」

脳裏に夢で見た神様の姿が蘇りました。
神様はやさしく微笑みかけてくれます。
すると、お菓子の香りが世界を満たすのです。
くりすと手をつないだまま神様の家に行けば幸せになれる気がしました。

「いくです!」

歩くリズムに合わせて手を振りながら二人は出掛けます。
神様の家はすぐそこです。


[*前] | [次#]

とっぷに戻る
こめんとを書く

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -