十センチのみにくいアヒルの子?::P1/1


おだやかな昼下がりの午後。
妖精さんの小グループが遊んでいました。
緑の葉を茂らせた大樹の根元のことです。
三対三のチームに分かれてボール遊びに興じます。

「ぼーる、いったぞー」「うけとたー」

ボールを受け取った妖精さんにすかさずディフェンスがつきました。

「ぬかせるかー」「へい、ぱーす」「わー、ぬかれたー」

手強そうに見えたディフェンスの壁を華麗なドリブルで抜き去ります。
そこへ次のディフェンスが。二人まとめて立ちはだかりました。

「こっち、ぱすちょうだーい」「むだむだだむー」「うわー」「やられたー」「そのままいっちゃえー」

勢いに乗った彼を誰も止められません。
まさにエースと呼ぶべき活躍です。

「しゅーとー」

大樹の幹に取り付けられたゴールネットにボールが投入されて勝負が決まりました。

味方同士、得点を喜びあいます。
敵チームだった妖精さんも見事なプレイを称えます。
最後までパスを貰えなかった妖精さんだけしょんぼりしていました。
なんだか見えない壁が存在しているような孤立感。
盛り上がっている彼らと自分との違いを考えてしまいます。

と、そこへ、ひとしきりの賞賛を浴びたエース妖精さんがやってきました。
エースは心もエース。
仲間に入れるように気をつかって来てくれたのだと思ったのですが――。

「おまえみにくいです?」

「えっ」

いきなりの難癖です。
これには言われた妖精さんも戸惑うばかり。
おろおろと、周囲に集まってきた他の妖精さんたちに助けを求める視線を送ってしまいます。
きっとエース妖精さんの態度を窘めてくれると思ったのです。
ですが、やはり彼らとの間には見えない壁がありました。
みんな口々にエース妖精さんの意見に乗ります。

「だよねー」「ずっとおもてた」「おどろきのうすさ」「ぼくら、みにくない」

確かに彼らは皆カラフルな服装をしていて見やすいのです。
帽子を飾るアクセサリーも目を引きます。
それに比べて見にくいと言われた妖精さんはモノトーンで薄味な衣装でした。
ふとすると背景に溶け込んでしまいそうな薄さです。
妖精さん特有のファンシーな可愛さも欠けていて残念な空気が漂っていました。

「おまえ、みにくい」「ぼくら、みやすい」

「どしたら、ぼくもみやすくなる?」

「さー?」「むりでは?」「こればっかりはなー」「こせいがたりんかも」「これじゃひーろーになれない」

「でも、でも……」

世間の風は冷たい。
びゅーびゅーと吹き荒れて孤立妖精さんの心を冷やしていきます。
なんだか消えてしまいたい気持ち。

「あ、またかげがうすくなた」

このままでは本当に消えてしまいそう。
遊び仲間が減ってはチーム戦に支障が出てしまいます。
けっして悪い子ではない妖精さんたちは改善策を考えてあげることにしました。

「どないしよー」「なにかいいあんある?」「りんかくせんをこくする?」「もっとふとく?」「いっそ、げきがちょうに」

「むり」

自由奔放に生きている妖精さんたちにも限界はあります。
線を濃くしろと言われても簡単にできることではないのです。
あるいはもっと人数が増えれば可能かもしれませんが。
人間さんのおやつがあれば頑張れるかもしれませんが。
とにかくいまの状態では無理なのです。

再び頭を突きつけて会議を始める妖精さんたち。
人間さんの家におやつを貰いに行こうか、という意見が優勢のようです。
本能に従うべきだと心が叫んでいます。
いまにもよだれが垂れてしまいそうです。

「あまいもの」「たべたら」「なやみごとかいけつ?」「どうでもよくなる」「いっとく?」

「ちゃんとぼくをみてー」

孤立妖精さんをスルーして意見がまとまりそうになり、あわてて止めに入ります。
このままではひとり置いてけぼりにされる心配もありました。
彼も見やすい妖精さんへと変化しておやつを山盛り貰いたいのです。

妖精さん会議を再開。
影が薄いのに押しが強い妖精さんに押されて解決案を絞り出します。
おやつを後回しにされてモチベーションがだだ下がりした彼らは目を引く簡単な方法にいくことにしました。


「じゃあ、とりあえずこれつけて」

そう言って取り出したのはクジャクの羽根です。
派手な羽根で有名な鳥の力を借りれば解決しそうな気がしました。
扇状に広げたそれを背負わせます。
見やすさが五十ポイントアップしました。

「いいかんじ」「つぎは、これ」

金色のメダルを加工してバッジにしたものです
服の空いている面に取り付けます。
一枚、二枚と付けていくとだんだんと金色の鱗のように見えてきました。
きらきらと光を反射して輝いています。
目にまぶしい。見やすさが二十ポイントアップです。

「さいご、これー」

ぴかぴかと点滅を繰り返す電飾です。
輪を作り王冠のようにしたそれを帽子の上から装着して、見やすさ三十ポイントアップ。
とても存在感増し増しな格好になりました。

クジャクの羽根はとても綺麗ですが、目玉みたいな模様が怖い。
威嚇されているようで妖精さんたちはぶるると体を震わせます。
それにとても大きい。
妖精さんの体長を大きく越えて広がる羽根が何倍ものシルエットになって立ちはだかります。
もう誰も彼を無視できないでしょう。

「つよーい」「さいつよ」「らすぼす」「らすぼすだねー」「これならひーろーたおせる」

最強の存在になりました。
敵になるものがあるとしたら……それはそよ風くらいなものでしょう。
真正面から吹かれてよろめく妖精さん。
大きく広がった羽根が小さな風を受け止めて何倍もの重さに感じられました。
まるで風属性と重力属性の合わせ技です。
尻餅をつきそうになるのを必死で堪えます。
これは試練。
見にくくなくなるとは、とても大変なことです。


ひとり静かな戦いを繰り広げる孤立妖精さんに注目する視線がありました。
遊び仲間の妖精さんたちではありません。
もっと高みからの見下ろす視線です。
その正体は大樹の枝にとまった一羽のカラスでした。
全身真っ黒なのに背景に埋もれない。
強い存在感をまとった鳥です。
なぜカラスが孤立妖精さんを見つめるのか。
クジャクの羽根に魅了されたわけではありません。
求婚の意味を持つ羽根ですけど違います。
カラスの目にもっとも魅力的に映るもの、それは――

「カーッ」

「「「ぴっ!?」」」

黒い翼を広げて滑空してくるカラス。
大きな声で鳴かれてやっと気づきました。
六人の瞳に恐怖が貼りつきます。
あんなのに襲われたらひとたまりもありません。

「ふにゃんっ」

鋭く尖った爪を持つ足がクジャクの羽根をかすめていきました。
強烈な一撃を貰って背中から倒れた孤立妖精さん。まだ無事です。
羽根の一部が傷ついただけで済みました。
地面の上に転がる妖精さんはじたばた。まるでひっくり返された亀でした。
空へと舞い戻ったカラスを見上げて焦ります。
態勢を整え直して再び襲ってくるつもりでしょう。
獲物を取り逃したことで怒りゲージが上がっているようでした。
このまま倒れていたら狙い撃ちです。
捕まって連れ去られて好き放題に突っつかれて遊ばれた後ポイ捨てされるのです。
そんなのはごめんだと孤立妖精さん。
邪魔で動きづらい羽根を外して立ち上がります。

他の妖精さんたちはというと。
股間を濡らして硬直していました。

バサリと翼を羽ばたかせ臨戦態勢に入ったのを見て、妖精さんたちはカラスの目的を察します。
カラスの視線はまっすぐに孤立妖精さんを捉えている。
狙っているのは金色のメダルバッジ。
光り輝くものをコレクションする趣味がある、カラスの特性でした。

金縛りから解けた妖精さんたちが次に取る行動といえばひとつ。
孤立妖精さんを置いて逃げることです。
四方へ散っていく姿は素早いものでした。

「うわーん」「にげーっ」「たおして、たおして」「とおといぎせいに」「さいならー」

「えっ!?」

いまや注目を独り占めする存在となった孤立妖精さんはおおいに慌てます。
あっというまに見えなくなった遊び仲間の妖精さんたち。
ひとり取り残され、絶望した気分で空を見上げます。
ぐんぐんと近づいてくるカラス。
あの爪に捕まってしまう。
二度目の奇跡は起こらないでしょう。
盾になってくれる羽根はもうありません。
孤立妖精さんは高く高く空へ飛び立ちました。

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