十センチの三匹の子ぶた?::P1/2


クスノキの里は平和でした。
毎日ごはんを食べて働いて、ぐっすり眠る。
特に大きな事件もなく、退屈を感じてしまうほどに平穏でした。

日々の生活が満たされてくると娯楽を楽しむ余裕が出てきます。
食用ではない花を育ててみたり、趣味の創作活動に打ち込んだり。
動物に餌をあげて可愛がる人もいました。
食べる物に困らない生活のゆとりがあるからできることです。
野良の獣が警戒を解いて懐いてくれると勝った気分になりますね。
あたたかな毛並みを撫でると心が癒されます。
そうした人が増えたために、最近の里では野良猫の姿が頻繁に目撃されるようになりました。
生まれて間もない子猫はアイドル的な人気を誇っています。
人口の増加に合わせて野良猫も繁栄の兆しを見せていました。

ところが、癒しを得る人ばかりではないのも現実です。
自由奔放な野良猫の振る舞いで心がトゲトゲしてくる。
ご近所トラブルへと発展することもしばしばありました。
そういった苦情はすべて調停事務所に寄せられます。
そして年若い調停官を悩ませることになるのでした。


野良猫に迷惑しているのは人間だけではありません。

膝を抱えて妖精さんたちはうなだれます。
いつもと変わらないように見える表情ですが輝きが失われていました。
ひとりが小さくため息を漏らします。
最近は何をやってもうまくいかない。
遊び始めても長続きしない。
野良猫の襲撃を受けて中断させられる。
我が物顔で闊歩する野良猫に怯える日々です
そんなことが続くと新しく挑戦してみようという気持ちも削がれてしまいます。
楽しさ不完全燃焼。
ため息が隣の子に伝染しました。

短い尻尾の白猫に蹴散らされた、数分前の記憶が蘇り妖精さんたちは背筋を震わせます。
ついでに失禁も。
ここにいるメンバーは命からがら逃げてきた子たちでした。
最初にいた人数から半分以下に減っていました。
昨日も今日も、きっと明日も猫に襲われる日が続くのでしょう。

「なにか、たいさくを……」
「どやって?」
「……」

体の大きな野良猫に勝てるはずもありません。
餌をたらふく食べて元気いっぱい、生きる力にみなぎる猫は暴走列車のごとく勢いで襲いかかってくるのです。
妖精たちを動くおもちゃと思っているようでした。人権なんてありゃしない。
体格ではほぼ変わらない子猫にも弄ばれる始末。
ピンクの肉球の威力には勝てません。
あれは人類を堕落へ向かわせる最強兵器です。

「ようさい」
「お?」
「ようさいつくて、まもりかためる?」
「それだ」
「いいかも」

攻撃して勝つことが無理なら守りを固めるのもいいでしょう。
猫パンチにも負けない強い要塞の建設計画が立ち上がりました。

「やるぞー!」
『おー!』

予定が決まったらさっそく行動開始です。
きれいに揃った声を合図に妖精さんたちは散り散りに駆け出しました。
そうして数分後、戻ってきた妖精さんたちはさまざまなアイテムを手にしていました。

「あなあきなべ。そこぬけにおもしろい?」
「いいね!」
「ぺっとぼとる。なかにぺっとははいってないです?」
「いいね!」
「ぺぱないふ。おたよりないと、やくにたたぬが」
「いいね!」
「まがったすぷーん。てぢからつよい」
「いいね!」
「やまぶどう。ただのおやつです」
「いいね!!!」

拾ってきたものが多め。あとは定番のダンボールや輪ゴムなど、使えそうなものいろいろでした。
この地球には昔の人間が使っていたアイテムがたくさん眠っています。
最近の人間が新しく出したゴミもありがたい資源です。
それらを拾って再利用するのが妖精流のやり方です。
『何かに使えるかも』は魔法の言葉。
ゴミに見えるものも何かに使えます。無駄なものはないのです。

ひとり一個ずつ。人数分のアイテムが集まりました
これだけあればなんでもできそうです。

まずはダンボール。
「にんげんさんも、むかしはだんぼるにすんでたとか」
旧人類が歩んできた歴史は妖精たちにとっての参考書です。
強い風当たりにも負けないダンボールハウスは彼らのことも守ってくれるはず。
ダンボールハウスの設計図を思い浮かべ、目標をひとつにします。

長方体に組み立てたダンボールはこれひとつで床と壁と天井を構成してくれる。
基礎となる建物はできました。
細かい装飾を作る元気はないのでシンプルにいくことにします。
側面に描かれた店名のロゴだけが飾りです。
お次はペーパーナイフの出番。
四角く線を引くと壁が抜けてぽっかり穴が開きました。
妖精さんが使うと驚きの切れ味を発揮しました。頼りない役立たずとは言わせません。
入り口の完成です。

「いいかんじなのでは?」

ぞろぞろと列になって入る妖精さんたち。
天敵が現れる前に素早い避難は完了しました。

「でも、ちょっと、くらい?」

見上げた天井は高く、広さも充分にありました。
十人を超える人数が入っても余裕があります。
ただ、照明がひとつもないせいで長く過ごすには不便そうでした。

「まど、あける?」
「てんじょうあける?」
「てんまど?」
「ほしのそらみながら、かたりあう?」
「きれいなおつきさんがみてる?」
「がむて、はがそっか」

一通りの案が出たところで内装作業に移ります。
壁に窓を作る組と天窓を作る組に分かれての分担作業です。


「へいほ、へいほ」

アイテムを運んできた彼らの役目は窓作り。
位置を決めて、入り口を作ったときと同じ要領でペーパーナイフを使います。
形は丸。サイズは穴あき鍋の縁とぴったりに。
運んできたアイテム――穴あき鍋をはめ込むと、あっというまに出窓が完成。
明かりを取り入れると同時に外の監視もできます。
監視任務に就く妖精さんには曲がったスプーンの装備が義務づけられました。
天敵の姿を発見したらスプーンで鍋を叩きみんなに知らせる。警鐘になります。
いい作戦だと妖精さんたちは満足げでした。

「いいかんじー」

「こっちもできたー」

天窓を作っていた妖精さんからの報告です。

ダンボールの蓋を押さえていたガムテープをベリベリ剥がすと四枚の羽が浮き上がって日光を取り入れる。
気持ちのいい日差しが降り注いできました。
今はまだ昼なので青空が見えます。
お楽しみの星空の下での語らいは、また後で。

「そろそろ、おやつたいむする?」

建物のなかにいながらピクニック気分を味わえる、この絶好の機会を逃す手はありません。
満場一致で決まりです。

天窓の下のひなたに集まり輪になって腰を下ろす。
外で膝を抱えてたときと似た状況のようで全然違いました。
四角い床が広がるだけの殺風景な部屋ですが、守られているような安心感があります。
ダンボールの床は地面より少しだけ座り心地がいい。
ここなら猫でも簡単に襲ってこられないはず。
久しぶりに気の休まる思いがした妖精さんたちでした。

乏しい物資から分け合うおやつ。山ぶどうを数粒ずつ。
食べられるだけで幸せ。
みんなと一緒のおやつタイムは最高の贅沢です。
全員に配られたのを確認して

「いただきまーー……あ?」

最初の一口をいただこうという瞬間、突然に暗くなり妖精さんたちの手が止まります。
あたたかいひなたが消えて日陰に変わりました。
天候の悪化にしては早すぎる変化です。

「…………」
「…………」
「…………!?」

天窓を見上げて固まる面々。
青空を隠す天敵の出現に心臓までもが止まりそうでした。

するどい瞳が見下ろしてきます。
広がった瞳孔は獲物を見つけた喜びに光っていました。
見つめ合うこと数秒、「うにゃぁおぅ」と鳴き声を合図に妖精狩りが始まりました。
天窓の隙間からするりと侵入してくる。
体のやわらかさを見せつけられる。
猫の身体能力の前では何もかもが無意味でした。

「かんしかかり、なにしてんのー!」
「ごめーん」

全員揃ってのおやつタイムは失敗でした。
要塞のなかにいれば安心だと油断しきっていた妖精さんたちはパニックに陥ります。

逃げまどう妖精さん。
前足の爪を伸ばして捕まえようと飛びかかる猫。
床の上を駆け回る。駆け回る。駆け回る。
冷静に落ち着いて出口を目指すなんて無理な話でした。
やまぶどうは潰れて床を汚します。
地獄でした。

『ぴーーーーーっ』

ダンボール要塞、崩壊。
まだ完成に届かないうちに終焉を向かえました。


≡≡≡

「はぁ」

難を逃れて生き延びた妖精さんがため息をつきました。
連鎖するため息の数は減りましたが、悩みが減ったわけではありません。
人数が減っただけです。
楽しさもゼロに近づきつつあります。

「どうする?」
「どうなる?」

次の作戦を話し合う妖精さんたちはきょろきょろ。
せわしなく周囲に目を向けます。
猫を警戒しているのです。
どこから現れるかわからない、恐怖にとらわれていました。
会議中も落ち着けない。
話し合いはちっとも進みません。

「ちょっとー」

呼ばれて振り向いた先で妖精がひとり手招きしています。
輪から離れて別行動をしてる子に今の今まで気づかなかった。
猫を警戒するあまり他のことが目に入らなくなっていたようです。

彼が何をしていたかというと、要塞作りの為に集めたはいいけど余っていたアイテムで工作していました。
連れられて行った場所にそれがありました。

「これは?」
「ねこよけのおまじない?」
「そうなの?」
「にんげんさんがあみだしたひさくです?」

妖精さんたちの周りをぐるっと囲うのは、水を注ぎ込んだペットボトル。
まるで透明な林のなかにいるようでした。

「こうかは、いかほど?」
「さー?」
「にんげんさんのまねしとけば、まちがいはないかも?」
「それはそうかも」

効果不明のおまじないにすがりたくなる日もあります。
妖精さんたちは形の違うペットボトルを眺めて回りました。

側面から覗くと向こうの景色が歪んで見えます。
不思議な世界。
色がにじんでとてもキレイでした。
怖かった現実が変質してる。ここなら大丈夫だと思える気がしました。
ですが、そう甘くないのが人生です。

「ぴっ!?」

ぎょろりと大きな目玉と本日何度目かの遭遇。
水入りペットボトルをレンズ代わりにして拡大された瞳が妖精さんを捕らえます。

おまじないを恐れる様子もなく、すぐそばまで来ていました。
猫パンチ一撃でペットボトルをなぎ倒します。
あまりの威力に近くにいた妖精さんも吹き飛ばされました。
不運な妖精さんに駆け寄る余裕はありません。
絶望へ突き落とされるのを感じながら失禁するだけです。
小さな水たまりも猫を遠ざけるバリアにはなりません。
足の裏が濡れても平気なようでした。
またぶちこわし。

「や、やられたー」「ぎゃわーー!」「いやーん」「てきしゅー!てきしゅー!」「にげーーーー!」

別れの挨拶をする暇もない。
猫と仲間たちに背を向けて一目散に逃げました。

荷物はひとつだけ。
水入りのペットボトル。
効果なしと証明されたばかりなのに手放せないのは、混乱してるのもありますが、すがりたい気持ちが残ってるから。
同じ気持ちを抱える妖精さんが底の方を支えます。
とにかく安全な場所へ。
神様のご加護を求めて二人は協力して走りました。


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