十センチの笠地蔵?::P1/1


妖精さんがひとりいました。
たくさん、たくさん雪が降った日のことです。

妖精さんのまわりには雪だけがありました。
右も左も、前も後ろも真っ白。
そして真っ平らでした。
とても見晴らしがいいのに雪以外には何も見えません。

人間が暮らしている建物や動物が住処にしている木々があるのはずっと遠くの場所です。
地面を見つけるには雪かきして掘り起こす必要がありました。
昔の人間が使っていた道具の残骸も今は雪の下です。
頭の上の、高いところにある雲は遠すぎて妖精さんに認識できる限界をこえていました。
ただなんとなく青空ではないことだけがわかります。
妖精さんは視線を前に向けます。
瞳に映る白い大地と灰色雲の境目はぼやけてひとつに繋がっていきました。
世界が雪に埋もれています。

「……」

妖精さんは何をするでもなく立っています。
あまりに世界が白いので頭も真っ白になりました。
なにも考えられません。
どうしてここにいるのか忘れてしまいました。
どこかに行くつもりだったのかも。
「……」
忘れてしまった予定を思い出させてくれる人はいません。
ヒントになるものでもあればいいのですが、見渡す限りの白い世界には雪しかありません。
それは何もないのと同じでした。
特におもしろそうなものもなく、心がときめかない。
「……」
妖精さんはただ立ち続けます。
妖精さんはひとりぼっちでした。

世界を白く覆い尽くしてもまだ雪は降りやみません。
妖精さんの頭にも雪が積もりはじめました。
彼らの特徴的アイテムである帽子は今は頭にありませんでした。
どこかに置き忘れてしまったのか、それすら忘れてしまいました
綿毛のように細くやわらかい髪の毛に、空から降ってきたばかりの雪片がからみついて溶けずに残る。
その一片が仲間を呼び寄せているかのように次々と雪が舞い降ります。
初めのうちは振り払っていましたが、いつまでもやまないので諦めてしまいました。
服にも結晶の飾りつけが施されます。
妖精さんも雪景色と一体化しようとしていました。


≡≡≡

それからどれくらいの時間が経ったでしょう。
立ち尽くす妖精さんの頭に一センチほどの積雪を記録した頃です。

浅いあしあとを延ばしながら歩いてくるちいさな人影が現れました。
あしあとは二本の線を描いていました。
雪に埋もれてしまわないよう足の裏に板を装着しているのです。
板を滑らせるようにして歩いてやってきます。
この妖精さんは全身を防寒具で固め、雪国仕様の姿になっていました。
大雪にも慣れた様子で道なき道を進行して、どこかへ向かう途中のようです。

このまま通り過ぎてしまうかに思われた冬装備の妖精さん。
長時間をこの場所で過ごしていた妖精さんの前で止まりました
雪野原に立つ不思議な姿に首をかしげます。

「ゆきだるまごっこです?」
「……」

不思議な姿から連想した疑問を声に出してみます。
雪まみれの妖精さんは答えません。
無反応でした。
しかし悪意があって無視しているわけではありません。
声は聞こえていてもすぐには返事をかえせない事情がありました。

寒さが苦にならない体質の妖精さんですが、あまりに長いこと寒気に触れていたので全身がカチカチに固くなってしまっていました。
まるで冷やしすぎたアイスクリームのようです。
この妖精さんが活動を再開させるには、軽いストレッチから始めて体をほぐす必要がありそうでした。
真心を込めてあたためてあげるのも良さそうですが、レンジでチンするのは爆発する危険があるのでやめましょう。

微動だにしない彼の姿を首をかしげて見ていた妖精さんは考えます。
(なにかおかしーです?)
不自然さを感じてかしげる首の角度が深くなっていく。
そして気づきました。

「ゆきだるまには、ぼうしがひつようふかけつでは?」

頭にあるはずの帽子が足りなかったのです。
ゆきだるまといえば、バケツを帽子代わりにしてる絵が思い浮かびます。
多くの人間に認識されるあの姿こそが正しい姿だといえるでしょう。
なのに、このゆきだるまごっこをしてる妖精さんは帽子がなくても平気な顔をしているのです。
これはいけない。
不完全な出来を許せません。
彼はこだわり派でした。
なりきるなら完璧にやり遂げねば。
妖精さんはゆきだるまを完成させてあげることにしました。

まずは身を清めてあげ、準備をしましょう。
手を伸ばして軽く触れると『トサッ』と頭に積もっていた雪が落ちた。
乱れていた前髪もささっと整えます。

そして背負っていた荷物から取り出したのはちいさな赤いバケツ。
人形遊び用のおもちゃです。
捨てられた物や誰かの忘れ物は妖精さんたちに拾われ、新たな遊び道具や、人間への贈り物に作り替えられる
これも何かに使えるかもしれないと思って拾ってきたものでしたが、さっそく役に立ちました。
ペットボトルのキャップに取っ手をつけた感じのバケツを逆さにしていざスタンバイ。
綿毛のような髪に乗せてあげるとバケツは帽子に早変わりしました。
ゆきだるまに近づいた姿を前に、妖精さんは満足げにうなずきます。


≡≡≡

雪を踏みしめる足音が近づいてきたときと同じ速度で遠ざかっていく。
彼は耳をすまして聞いていました。
なんだか心にしみる音です。
冷え切っていた体の奥の方がぽかぽかあたたくなった気がしました。
ぬくもりの元がここにある。
意識を少し上に向けると、貰ったやさしさが残っています。

とても久しぶりに彼は体を動かしました。

ひとつまばたきをして瞳を足下に向けます。
なにもなかった真っ白い世界に二本のあしあとが刻まれていました。
やさしいあの人の痕跡です。
もう背中は見えなくなっていましたがこのあしあとが向かう先にあの人がいると教えてくれる。

何も考えられず、目的を見失っていた妖精さんに『これからすること』ができました。
帽子をくれた妖精さんに恩返しをしよう。

二本の線に並べて足を置く。
降り積もったばかりでやわらかい雪が彼の足を飲み込みます。
とても歩きにくくツライ道程の始まりでした。。
半歩前進しては半分近く埋もれた足を引っこ抜く作業をする。
頭にバケツを乗せた妖精さんの歩みはとてもゆっくりしたものになりました。

≡≡≡

二本線のあしあとは雪野原を越えて一本の木の根本に続いてしました。
ここにたどり着くまでのあいだに、空はすっかり暗くなって夜になりました。
途中で寄り道をしたのも時間がかかった原因でした。
いつのまにか雪もやんでいます。
あしあとが消えずに残ってくれていたのはとても幸運でした。

太い幹をなぞって見上げた先の、木の上部は黒く影になっていました。
その雪景色とは真逆の闇を見据えます。
目当てのものは見つかりませんが、ここにあるのは確実でした。
彼は歩行を再開させます。
雪の上から幹へと足場を変えて、体の向きは地面とほぼ平行になる。
重力をスルーして彼は木の上を目指します。

大木の幹はつるつると滑りやすい。
慎重になります。
ロープを握る両手にしっかりと力を込めなおしました。
このロープはソリに繋がっています。
大きな荷物を乗せたソリが彼に引かれて後ろをついていく。
大事な荷物です。
これを落としてしまったら台無しです。
彼は一歩ずつソリを引いて行きます。

そしててっぺん近くまで上ったところでやっと目的のものを発見しました。
張り出した枝と幹を支えにして一軒家が建っています。
窓を覆うカーテンを透かしてあたたかな明かりが漏れています。誰かが住んでいる証拠でした。
彼は息を潜めて忍び足、玄関前に立ちます。
ノックはしません。
中の人と顔を合わせるつもりはないからです。
恩返しはこっそりするもの。
昔から伝わる風潮を守って行動します。
ソリの荷物を解いて作業を開始しました。

紙製の箱を取り出します。
たっぷりと中身が詰まった重量感ある箱です。
それを玄関前に置いて、次を取り出す。
先ほどとは別の絵柄の箱です。
これも玄関前に置きます。
彼がソリに乗せて運んできたのは大量のお菓子でした。
一日では食べきれないほどのお菓子です。
冬を越すための蓄えに役立ててもらえれば、そう想いを込めてもうひとつ積み上げる。お菓子の山を一段高くします。
甘いものは体も心もあたためてくれる。
幸せになれる。
最高の恩返しになるはずだと自信がありました。
朝になってこれを見つけた恩人妖精さんが驚く顔を想像してみて、ほくほくした気分になる。
彼もまた幸せな気分になれるのでした。

最後のひとつは瓶詰めのキャンディー。
これを山のてっぺんに乗せておしまいです。
ソリは空になりました。
自分の身長ほどもあるお菓子の山を前に、彼は満足げにうなずきます。
これでもう帰るつもりでした。
荷物を下ろし恩返しを終えた帰り道は足取りも軽くなりそうでした。

ところが、彼の行いはばっちり目撃されていたのです。
ちいさく開いたドアから目が覗いていました。
部屋のなかの暖気が逃げてしまうのもお構いなしに、妖精さんは一部始終を見ていました。
二人の目があった瞬間、勢いよくドアが開きます。

そして飛び出してきた人影が彼の腕を掴み、強く引きました。
「まぁまぁ、どうぞどうぞ」
「……」
「ごえんりょなく」

返事をする隙もあたえず、飛び出してきた妖精さんは彼を自宅へ招き入れようとします。
こんなはずではありませんでした。
想定外の展開に戸惑います。
ずるずると引きずられるようにして家へ入ったところで、背後のドアが閉まりました。

お客さんとして迎えられた彼の前には、ほどよく冷えたアイスクリームが出されました。
あたたかい暖房の前でおやつを摘む幸せにとろけそうになります。
お菓子はまだまだたくさんあります。
冬を越すまでこの家で暮らすのもいいかも。
なにもすることがなく固まっていたときと比べてここは楽園でした。
退屈で途方にくれることもありません。
一緒に過ごしてくれる人もいます。
彼の予定は延長されました。


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