こぶとり爺さん?::P1/2


天井に大きな穴が開いた廃屋に妖精さんたちはいました。
崩れ落ちた大きな瓦礫がごろごろ転がる場所です。
もう使われることのなくなった建物です。人間が利用してた頃の痕跡はほとんど残っていませんでした。
折れ曲がって錆びた鉄骨があちこちに見えています。
そこにしがみつくようにぶら下がったコンクリート片。強い風が吹いたら落ちてきそう。
鉄骨自体がちぎれて落ちてくる日も近いかもしれません。

もともとはたくさんの人間が集まる為に利用されていた広い建物ですが、床に転がる瓦礫によっていくらか狭くなっていました。
ですが、妖精さんたちから見れば十分な広さを残した遊び場でした。

障害物が少ない、比較的空いた床に集合した妖精さんたち。
全員に共通した特徴がありました。
左か右、どちらか片方の頬に大きなこぶをぶら下げているのです。
まるく垂れ下がってぷよぷよと揺れ動きます。触ると気持ちよさそうなこぶでした。
もちろん、元から着いてるものではありません。
今日の遊びのためにあれこれしてくっつけた、着脱自由、特製のこぶです。

ひとりひとり距離をとって立つ。
妖精さんたちの表情は引き締まっていました。それぞれがライバル。個人戦となる今回は味方はいません。
たかが遊び、だけど負けられない。どんな遊びにも全力で取り組む、それが妖精さんたちです。

いつものにぎやかなおしゃべりもなく、静かに始まりの時を待ちます。
そこへ最後の参加者が遅れてやってきました。
焦らず悠々とした足取りで歩いてきます。
この妖精さんの右頬にもこぶがついていました。歩調に合わせて優雅に揺れます。
さー・くりすとふぁー・まくふぁーれん。
一目で高級だとわかる黒い上着に、首元を飾るリボンタイはシンプルながらも上品さを漂わせています。
着飾った洋服を台無しにしてしまいそうな頬のこぶですが、彼の頬にあるというだけで特別オサレなアクセサリーへと化けるのです。
他の妖精さんと同じものとは思えないくらい輝いて見えました。まるで金の玉のようです。
こぶすら着こなしてる。見惚れた何人かから熱のこもった吐息が漏れました。
彼が参加者の輪に入ったのを確認して、受付は締め切られました。

こぶとり合戦のはじまりです。
ルールは簡単。
みんなが同時にお互いのこぶをねらう。全員が鬼になる鬼ごっこ。
こぶを取られたら負けです。
こぶ付き同士の取り合いを続け人数を減らしていきながら、最後に残ったひとりが勝者となるのです。

輪の中心にいた妖精さんがひとり片手をあげました。
そこにいる全員の注目が集まります。

ねじり鉢巻をして気合い十分のきゃっぷが、あげた片手を振りおろしながら「よーいどんっ」
始まりの合図を下しました。

『ぴーーーーっ』

わっと同時に動きだす妖精さんたち。
輪から離れる方向へ走る子が多いようでした。
逃げていいのはこの部屋のなかだけ。外に出るのは反則です。
まっすぐに端に向かえばいずれ壁に当たる。角に追い込まれて逃げ道を失うかも。限られた空間でどう逃げるかが頭の使いどころです。

ほとんどの妖精さんは床の上を走り回ります。
ただ走り回ってるだけでも楽しい気分はぐんぐん加速していくのです。あちらこちらで歓声があがっています。
鉄骨をよじ登って高所を行く子、瓦礫の陰に隠れる子も何人かいました。
この建物周辺を縄張りにしていた鳥が騒ぎだします。
緊張感に満ちていた空気は一転して明るく妖精さんらしい状態になりました。

逃げる妖精さんばかりではありません。積極的にこぶを取りに行く妖精さんも少数ですがいます。

きゃっぷも始まりの合図を出した直後に走り出しました。
彼は逃げません。いつでも攻め手に回ります。
とりあえずもっとも近くにいたひとりに目標を定めて、ぐんっと足に力を込める。この伸ばした手が届いたら勝てる自信がありました。

ですが、おとなしく捕まってくれるほど甘くありませんでした。
肩越しに振り返った目と目が合った。
どんなときにも絶えない微笑みがこわばる瞬間がよく見えました。
それも一瞬のこと。追いかけられていることに気づいた妖精さんはすぐに正面を向き直して加速しました。
また少し距離が開いた。
きゃっぷも諦めずに追います。

前を行く妖精さんが急な進路変更をしました。かと思ったら再びの進路変更。
右へ左へ。また右へ、左へ。
じぐざぐと他の子たちの間を縫うように走ります。
きゃっぷが他の子とぶつかって減速してくれたら、という狙いなのでしょう。
危ない場面が何度もありました。
同じように追いかけっこを繰り広げてる妖精さんたちは予想もつかない動きで障害物になる。
いつ前方に飛び出してくるかわかりません。
ぶつかるすれすれを避けます。

あまり時間をかけすぎるのも良くない。
きゃっぷ自身も標的にされかねないからです。
いつどこからこぶを狙う手が伸びてくるかわからないと周囲に警戒の目を走らせます。
あちらこちらで同時進行している追いかけっこですが、決着がついた対決も何件か。
そうして手があいたこぶ付き妖精さんは次のこぶを狙って走り出すのです。
そろそろ勝負を決めるときだときゃっぷは決意しました。

二人の進路の先に、行き止まりとなる壁が見えてきました。
入り口寄りだった最初の集合位置から奥へ向けて縦断してきた形になります。
人間の足でも軽くかけっこ出来る広さがあった建物ですから、小さな妖精さんたちからするとずいぶんと長い距離を走ってきたことになります。
今はまだ遠くにぼんやり見えるだけの壁も足を進めるごとに近づいてきてる。
あの壁にぶつかる前に大きく進路変更をするはずです。
その証拠に、蛇行進行を続けていましたが、まっすぐより若干右に片寄っています。
大きく円を描くように左へ旋回、壁回避するつもりなのだろうと予測をたてます。
後ろを追うばかりだったきゃっぷ。こぶを手に入れるべく動き出しました。
距離を詰めるにはどうすればいいか、きゃっぷの脳内では勝利への道筋ができあがっていました。

いっぱいいっぱい腕を伸ばした。
「とうっ」
全力疾走からの跳躍。力いっぱい踏み切りました。
飛びかかったきゃっぶの体はその勢いを保ったまま、前にいる妖精さんに襲いかかります。
左の頬にある激しくぷるんぷるん揺れていたこぶを狙い違わず掴みました。

それほど力を入れなくても、こぶは簡単に取れました。
たとえるならつきたてのお餅をちぎるような、やわらかい感触。
痛くもない。
双方にやさしい性質を持ったこぶです。
こぶがなくなった妖精さんは本来のつるんとした頬に戻っていました。

手のなかにある取れたてのこぶ
軽く握ると水分が抜けていくように萎んでいく。
そしてきゃっぷの手のひらに収まる大きさまで小さく変化しました。
これも特別製の効果です。
こぶだった玉はポケットに。
これは最初のひとつです。
このポケットがいっぱいになるまで集めてやろう。
次の目標を探して周囲を見回します。
壁際に集まっている数人の妖精さんたちの頬にこぶはありません。
すでに取られてしまって脱落した子たちです。
たったいま、きゃっぷに負けた妖精さんもそちらに駆け寄っていきました。
探すのはまだこぶを取られていない妖精さんです。

ふと、きゃっぷの視線がひとりの妖精さんに止まります。


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