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あの孫はどこへ行ったのか。
仕事もせずに、ふらっと出ていったきり一時間も戻ってきやせん。
いつもならどこで何をしていて、たとえのたれ死んでいようが放っとくのだが……まさかあいつの帰りを待ちわびる日が来ようとは。
道草なんぞ食ってないで早く帰ってこい。
小さなお客さんが待っているのだから。


「おじい!おかし!おかし!」「おかし、たべると、げんきでるかも?」「おじいもおかしつくるです?」
「それは、めいあん」「おじいのてづくりときいて」「とくべつなあじ、きたいする?」

「悪いね。私はお菓子は作れんのだよ」

「たはー。それはざんねんむねん」「げんき、だださがり」「なぜ?なぜ?」「おかし、むずかし?」


彼らの表情は、どんなときもほとんど変わらない。
常に微笑みを浮かべているのだ。純真無垢を具現化したような姿とも言えよう。
その変わらぬ微笑みに、目に見えて陰りが差す。
釣られて部屋全体まで暗くなるようだった。まぁ、これは気のせいだとは思うが。

うつうつとしたため息を吐く彼ら。よく見ると、人数が減っていた。
いつのまに帰ったというのか。ふと目を離した一瞬の隙に姿を消してしまっていた。

彼らの関心は全力で楽しいことに向かっている。
楽しいことが全てで、常により楽しいことを探していると言ってもいい。
一秒たりともじっとはしていられないのだ。
お菓子が貰えないとわかったら、ここにいてもつまらないと判断したのだろう。
残念だが、かわいそうなことをした。
それもこれもあいつが留守にしてるせいだ。まったく。

残ったのは……ああ、また減って三人だけになってしまった。

彼らの小さな体からすれば広すぎる机の上に三人だけとは、寂しさが際立つようだ。

彼らは孫の帰りを待つつもりのようだ。
同じ種族でも個々によって気の長さに違いがあるのかもしれんな。
ふむ、推測の域を出んが。なかなか興味深い。

私へのお菓子の催促を早々に諦めて、好奇心旺盛な彼らの興味は放り出されたままになっていた文房具へ移ったらしい。
自らの体長と変わらない長さのペンを抱えて遊び始めた彼らを見ていると、不思議と和やかな気分になる。
しばらくは眺めさせてもらうとしよう。実は私も退屈してたところなのだ。


「くるくる」「かき、かき」「すぃー」

彼らからしたら随分と重いだろうに。全身を使ってうまくペンを操っている。
絵とも文字ともとれないこれは何だろう。
幼稚な線の集合体にも見えるが、高度な幾何学模様のようでもある。

「それは何を書いているんだね?」

「さー?」「え?」「せん?」

質問をしてみたが、返ってきた答えは一様に疑問系だった。
首をくにっと傾げた彼らは本気で悩んでいるようで、三人で輪になり何やら会議を初めてしまった。
議題は『何を書いていたのか』

まったく……謎が多いというか、つかみ所がないというべきか。
交流を図れるかと期待したのだが、するすると逃げられてしまった気分だ。
本人に逃げる意図があるならもっと楽なのだがな。
完成前で放置された落書き。彼らそのものを表しているようだな。
形を読み取ろうと真剣になると、ぼやけて見えなくなってしまう。

おっと、会議に飽きた彼らが次の遊びを始めた。

落書きに使用していたメモ用紙を一枚、破りとると、力を合わせながら折り畳んでいく。
B5サイズのメモ用紙がどんどん小さくなって、一部を伸ばし、もう片方も伸ばし
おもしろいように立体に組みあがっていった。
こちらは何の形なのかわかりやすい。
しかし、理解しがたい。ハサミを使ったり糊付けはしてないはずだ。
たった1枚の紙から、どうすればこうなるのだ。

「こ、これは……」

作業時間は一分ほど。
メモ用紙はプロペラ飛行機へと形を変えた。

「かんせー!」「できた、できた」「このつばさのかたち、そそりますな」

この飛行機のモデルは、かなり古い歴史資料のなかで見た覚えがあるぞ。
たしか人間が初めて飛行に成功したときのものではなかったか。
記憶にあるデザインと寸分違わぬ形状。すばらしい。

よじ上った1人の妖精さんが操縦位置にちょこんと納まる。
限りなく重さを廃除したデザインのため座席などはない。

「では、しゅっぱーっ!」

どういう原理なのか、かけ声を合図に紙でできたプロペラがくるくる回り始めた。
プロペラの正面に立っていると空気が頬を撫でていく。そよ風程度の風が発生しているようだ。

「おおおっ、これは飛べるのかね?」

「ひこうきですゆえ」

さも当然といった声で答える。
まったく理解が追いつかないが、彼らに人間の常識は通用しないのだろう。

プロペラはどんどん速さを増して、ぶーん、と風切り音を鳴らす。
残像にて円を描いて見える速度にまで達した。
それに合わせて部屋を吹く風も強くなっていた。

ゆっくりと前進を始めた紙製プロペラ飛行機。
机の上に散らばる文房具をうまく避けていく。

「たあっ」

机の端まで進んだ飛行機は、空中へ飛び出した。
助走の勢いで飛び出しただけなら、重力に引かれ、向かうは床との激突。
もしものときに備えて構えた。
しかし心配は無用だったようだ。

完全に重力を無視しておる。
高度を上げて、進行方向も自由自在に操っていた。
一回二回と机の上で見守る妖精さんたちの頭上を旋回したあと、開いたままになっていた窓に進路を定める。

「さいならー」
「いってらー」「たっしゃでなー」

そのまま窓の外に出ていった。
いつのまにか窓枠に移動した妖精さん二人が手を振って見送っている。
私もその背後へ並んだ。

あの調子だと墜落の心配はないだろう。
飛行記録をぐいぐい伸ばして、紙飛行機の白い姿はあっという間に外の景色に融けて見えなくなった。


なんとなく見送ってしまったが、あの飛行機……惜しいな。
手に入れて、模型コレクションに追加したかった。
飛び立ってしまったものを引き戻す術はなく、諦めるしかないが。
しかし、あれほど精巧な模型を紙一枚で作ってしまうとはな。
妖精さんの技術力には感服するばかりだ。


……ところで、あいつはどこで遊び呆けておるのだ。

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