!びっくり!::P1/1


時計の針がゆっくりと回ります。
どんなに見つめていたとしても、急いではくれません。
秒針が1周して、2周目に入りました。
わたしが待ちわびる時間まで、あと2分。
楽しみに待つ時間とはどうしてこんなに長く感じるのでしょう。
じぃっと見つめていた目が乾いて少し多めにまばたきします。
あと1分。

フライングですが、そろそろいいですかね?
窓を背にした席に座るおじいさんは難しそうな顔をして本を読んでいます。
横目で窺ってみましたが、こちらを気にかけている様子はありません。
これなら大丈夫そうです。


することがなさすぎて、お茶休憩ばかりしていたわたし。
カップが空になれば注いで飲み、また空になったら注ぐ。
どうせ備品のお茶だと思って飲みすぎました。
ついにお茶の時間を決められてしまったのです。
悲しいかな。上司の決めごとには逆らえません。


読書にふけるおじいさんを刺激しないよう、そっと席を立ちます。

「んっ?もうお茶の時間か」

ダメでした。即バレでした。
このコンプレックスともいえる長身では気配を消しきれませんでした。
ですが、強いお咎めはないようなので、お茶の準備を続行します。
おじいさんも甘いものを欲しているのかもしれません。
読書は頭を使いますからね。

「まったく、おまえというやつは。ろくに働きもせんくせに休憩時間はきっちり取るのだから」

「あうっ」

お小言は忘れていなかったようです。
そんなことを言いながらも誰よりも早くお茶用のテーブルに移動したおじいさん。

隣にはにこにこ顔の助手さんもいます。
助手さんの手元には小さな陶器のベルが。
鳴らしたいんですね。
楽しいことを前にした、きらきら輝く表情で待機しています。

テーブルに並べた4つのケーキと紅茶のカップ。
ひとつは彼らの分です。

「助手さん、いいですよ。準備できました」

待ってましたと助手さん。
ベルをひと振り、涼やかな音が鳴ります。

「じゃじゃーん!」「おまたせです?」「またされたです?」「じかん、ぴったりんこです」

このベルの合図と登場も恒例になりました。
彼らのお気に入りです。彼らが飽きるまで続きます。

「本日のおやつはモンブランです」

『おおー!』

声を揃えて、ついでにまんまるい目を輝かせた表情もお揃いで妖精さんは感激を表します。

このモンブランは村に自生する栗の木から採れた栗を使用しています。
とげとげの毬はとっても痛くて危険ですが、実の方はとっても美味。
妖精さんにも採取のお手伝いをしていただいたのです。まぁ、彼らは遊んでいただけなのですけど。

小ぶりの実は潰してマロンクリームに。
スポンジの土台にこれでもかっと山盛りに絞り出します。
大きな実は仕上げの飾り付け用です。
盛り盛りになったクリームの上にごろんと乗っけます。
これだけでも贅沢。これだけでも美味しそう。ですが、これだけで終わりではないのです。
特別な仕掛けをしてみました。
フォークでクリームをすくってみるとお分かりになるでしょう。
クリームのなかに隠れた実がもうひとつ。
別にクリーム節約の為の上げ底ではないのですよ。
栗が豊作だからできる、究極の贅沢なのです。

「これは、びっくり」「くりだけに」「おどろき」「もものき」「きになるき」「なにかのわなです?」

おや。増えましたね。

おじいさんも満足そうです。
助手さんもぱくぱくと手が止まらない様子。ほっぺにクリームがついてますよ。


楽しい時間はあっというまに過ぎるものです。
美味しいケーキもあっというまにお腹に消えました。


「ふぅ」

今は2杯目の紅茶でまったり過ごす時間。
まんぷくになった妖精さんたちも思い思いの姿でくつろいでいます。
おじいさんは窓際の席に戻って読書の続き。
助手さんはスケッチブックを開いてなにやらお絵かきをしています。
情操教育を目的にと指示されて始めた絵本描きですが、今では立派な趣味になったようです。
作品数も着実に増えているんですよ。
たまに読ませてくれる絵本がわたしの楽しみにもなっているくらいです。


助手さんの目が、スケッチブックと妖精さんの間を行ったり来たりしています。
どうやらティーポットに寄りかかって座っている妖精さんの姿を描いているようです。

さらさらと色付きの鉛筆を走らせていた助手さんが手を止めました。

「完成ですか?」

「……」

こっくり頷いて、見えやすいようにとスケッチブックを傾けてくれます。

「まぁ」

なかなかの力作です。
さっき食べたモンブランの山を背景に
床一面に敷かれたクッキー、コーンアイスが木々の代わりに並んで立っていて
カラフルなお菓子が全体に散りばめられている。
空中に浮かぶティーポットからカップに注がれるチョコレート色の飲み物は、まるで滝のようです。
前面にフォークを持って立つ妖精さんの姿がありました。
モデルになった妖精さんと同じ青い服を着た後ろ姿です。
これから突撃して食べようという場面でしょうか。
お菓子の数々はどれも妖精さんたちよりも大きくて、彼らにとってはまさに天国のような世界ですね。
メルヘンチックで夢のある風景に、思わず頬が緩んでしまいます。これぞ情操教育の成果ですよ。

ぱらりとページをめくって、助手さんは新しい絵を描き始めました。

わたしはもう1杯のお茶を。
すこし冷めてぬるくなっのをちびちび飲みながら、助手さんの作業を見守ります。


「おえかきするです?」

ティーポットに寄りかかって休んでいた妖精さんが寄ってきて、助手さんを見上げます。
楽しいことに敏感な彼ら。助手さんのしてることを無視できなかったようです。

「なにー?」「どしたどした?」「きゅーけーじかんおわり!」「ぼくらのでばんです?」「はりきっちゃうよ」

とてとて、軽い足音をたてて残りの妖精さん方も集まってきました。
1人が来たら、みんなが来る。集団行動ばっちり。


「助手さんがあなた方をモデルに絵を描いているのですよ」

「もでる!」「なんと」「まあ」「げいじつのあき、ですからな」
「それは、えらばれししょくぎょうなのでは?」「ぬいじゃう?」

「脱いではダメですっ」

「だめかー」「さーびすのつもりですが」「じゅようないのかも」
「ぼくらのぬーどみるとなえなえ?」「めにどくってことです?」「じーはっきん(18禁)にかくあげしちゃう?」

「こらこら」

なぜか脱衣に乗り気の妖精さんたち。
なんにでも興味を持つ彼らを止めるのは一苦労です。
これはそういうモデルではないですから。
そもそも18禁は格上げと言えるのでしょうか。


「……」

くいくいっと横から服を引っ張られました。

「……っ」

2枚目も完成したんですね。
妖精さんも一緒に覗き込みます。

「あら?」

2枚目の絵は劇的な変化を遂げていたのです。

あれほどふんだんにあったお菓子の山が消えていました。
すべて空っぽ。きれいになったお皿だけが残っています。
どこへ消えたのかは一目瞭然でした。
この絵にはお菓子を好む登場人物がいるのですから。
この絵の主人公ともいえる妖精さんは、白い紙の、ちょうど真ん中らへんにいました。
やわらかな色使いで描かれている。青い服。満腹で満足げな笑顔をたたえた、まるっこい妖精さんが。
……まるい。
その妖精さんはまんまるに膨張していました。
いいえ……太っておりました。
目の前にいる実物の妖精さんと比べて3倍はあるでしょうか。

頭にかぶったとんがり帽子のシルエットも合わせてなんだか栗を連想させます。まぁ、びっくり。


「これ、ぼくらです?」「じぶんのすがたってただしくにんしきできぬですよな」
「ほかのひとには、ちがうすがたにみえてるのかも」「ぼくのただしいすがたってなんです?」
「ぼくらはなんのためにそんざいしてるです?」「ぼくらはほんとにそんざいしてるです?」

なにやら哲学の世界に踏み込んでしまったようです。
ああっ、頭が痛い。
取り返しのつかない奥地まで行ってしまう前に連れ戻さねばっ。大変な問題に発展しかねないのですよ。
自分の席に戻って本に目を通しているおじいさんにも、この声が聞こえているはずなんですが、スルーを決め込むつもりのようです。
調停官業務、放棄です?

頼りがいのない上司は放っといて、顔面に最上級の笑顔を作ります。

「大丈夫ですよ。あなた方はとても可愛らしい姿をしてます」

『…………』

揃っての無言。
哲学モードに入った彼らには口先だけの誉め言葉は通用しないということでしょうか。
いえ、可愛らしいのは事実なんですがね。
面倒事を避けようとするわたしの心理を見透かされてる気がします。

妖精さん方にはふさわしくない白けた空気が流れる。
いつも変わらない微笑んだような表情も鉄の無表情に見えてくるのです。

これはどうしたものかと困り果てていたところに助け船が登場しました。

「……」

心の底から助かりました。頼れる部下を持ったわたしは幸せ者です。
隣から差し出されたスケッチブックが白けた空気を払拭してくれました。
好奇心には勝てませんね。妖精さんもスケッチブックの周りに集まって注目します。


赤い怪獣でした。
紙の右側から顔を覗かせて登場のシーンのようです。


ぱらっ――すでに描き終えていた4枚目がめくられます。

赤い怪獣は台車を引いていました。
そこに乗っているのは、山盛りのお菓子。

「おかしかいじゅうだー!!!」

きゃあきゃあと大喜び。
妖精さんの元気も回復。もう大丈夫そうですね。


ぱらりっと5枚目。
まるまると太った妖精さんが再登場しています。
怪獣と一緒に座ってお菓子パーティーですか。
いいんじゃないですか。
とてもほのぼのしていて、楽しそうです。
妖精さん方にもたいへん好評。
楽しいって大事ですね。


6枚目。
わたしと妖精さん、7人の目が一点に集中します。

お菓子が消えて空っぽになっていた白いお皿に、妖精さんがころころ転がっていました。
満腹で幸せそうな笑顔もどこかで見た気が……。
2枚目の再現ともいえる絵ですが妖精さんの姿に違いがありました。
さらにひとまわり……いえ、ふたまわりまるっこくなった姿です。
ですが、これではまるで、妖精さんがお皿の上のごちそう……みたいな?
いやな予感がしました。
これからだうーんな鬱が来るような。

「……」

「次で最後ですか?」

ゆっくりとめくられるページ。
なかば想像していた通りの風景がありました。
灰色の鉛筆で描き足されたフォークが怪獣の手のなかに。
助け船だと思っていたのは泥船でした。ああ、どろどろと沈んでいく……。

『だうーん』

自身の分身ともいえる絵のなかの妖精さんが食べられるとなっては平気でいられませんね。
浮上不可能なほど落ち込んでしまった妖精さんたち。ここで解散となりました。


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