Happy Halloween!::P1/1


「はい、どうぞ」
「ありがとさんです」

お菓子を受け取った妖精さんはお礼を言って窓から出ていきました。
ですが、仮装の元ネタとなったスーパーなヒーローみたいに飛ぶことはできないみたいですね。
翻った赤いマントを最後に彼の姿は見えなくなりました。
……無事に着地できたと信じましょう。

今日の妖精さん方はとても忙しい。
彼のようにお菓子を受け取ってすぐ帰る子ばかりです。
まだこれから行く先があるのかもしれません。
わたしの他にも餌付けをしてる人間がいるのかは謎ですが。
今日はハロウィン、里中にお菓子があふれる日です。
どさくさに紛れておこぼれをいただくくらいはできそうですかね。
とんがり屋根の家に住む目の悪いおばあちゃんとか。声を聞いて子供が訪ねてきたと勘違いするかも。

妖精さんたちは大張り切りで参加しています。
朝から入れ替わりでやってくる。さっきの子で何人目でしょう。
たくさん用意したおやつは着実に減っていました。
彼らのうきうきとしたお祭り気分は伝染してこちらまで明るい気持ちになってしまうものです。

わたしも特別仕様のおやつを用意しました。
かぼちゃを使ったカップケーキです。
全体がほんのりオレンジ色に染まったかわいい仕上がりにできました。
香りもバッチリ。
お口に放り込んで味見した結果も百点満点でした。

あ、わたしが大口なわけじゃないですよ。
妖精さんに合わせて小さく作りました。
人間なら一口でぺろりといけちゃうプチサイズです。
それをひとつずつラッピング袋に詰めて色付きテープで止めると、巾着型ハロウィンおばけの出来上がり。
袋の膨らんだ位置に描かれた三日月型の口と目が笑いながらこっちを見てますよ。

「はい?」

肩をつっつかれて目を向けると助手さんがスケッチブックを手に立っていました。
彼も羽を広げたコウモリ柄のシャツを身にまとい、ハロウィンを楽しんでいるようです。
手に持ったスケッチブックには、家で描いてきたのでしょうか、なかなか気合いの入ったイラストがありました。
黒いシルエットの洋館と、満月の下を飛ぶコウモリ。
『trick or treat』の文字はふちどりで強調されています。
無言で待つ助手さんの視線には多大な期待が込められていました。

「ちゃんとあなたの分もありますよ」

妖精さん用の五倍はあろうかというカップケーキを手渡します。
とはいっても、こちらが通常サイズですね。
いつもありがとうの気持ちを隠し味にしたお菓子ですよ。
「……」
助手さんの微笑み返し。喜んでもらえると作った甲斐があるってものです。
さっそくおやつ休憩にするつもりらしく、助手さんはお茶を淹れに出ていきました。


「とりっくおあーとりと!」

入れ替わりに足下からかけられた声。
まったく退屈する暇もありませんね。
またひとり、妖精さんがやってきました。

「素敵な衣装ですね」
「えへへ」

とても嬉しそうに笑う妖精さんは真っ白でした。
頭にかぶったもこもこの帽子はわたあめのよう。
ちいさな体に着込んだ服も、もこもこ真っ白。
それに合わせて足先もあたたかそうな羊毛靴に包まれています。

いつもよりもまるい。
いつもよりもあたたかそう。
胸の前で両手をすり合わせる仕草も庇護欲が掻き立てられる。
撫でくりまわしたくなります。

「羊さんですか」
「めえええ」

鳴き声も愛らしい。
食べてしまいたいくらいに可愛いです。

「お菓子はたくさん集まりました?」
「いっぱいいっぱいです?」

妖精さんの右手が肩から斜めにかけたポシェットを撫でます。
あそこにお宝を収納してるようですね。
たくさんのお菓子を集めてテンションが上がってるのがよく伝わってきます。
先の予想通り、どこかでたくさんいただいてきていました。
ポシェットの中身は飴玉やラムネ菓子などでしょうか。
あまり多くは持ち運べそうにありません。
それでも、飴玉一個でも喜ぶ。妖精さんの良い所ですね。
中身を想像して微笑ましく思っていました。
なので、新たに入手したカップケーキを大事に仕舞っている様子をみて驚きました。

それ、明らかにおかしいですよね。
入る訳ないじゃないですか、普通なら。
自身より大きなものを飲み込むポシェットは怪物ですか。
四次元に繋がるポケットの親戚ですか。
深く考えるのはよした方がいいですかね。
妖精さんの道具はとても便利なんです……。

手を振って事務所のドアから出ていこうとする背中を見送ります。
ちょうどその時、入ってくる妖精さんもいました。

「……」
「……」

ドア手前で鉢合わせした二人。
足を止め、硬直しています。

細い一本道ではないのだから、ちょっと横に避けて行けばいいのに。

これは蛇に睨まれたカエルの図ですか。
今は狼と羊ですが。
肉食獣の狼と弱肉の羊では天敵であることには変わりありません。
まさか仮装しただけで食物連鎖が発生してしまったとは考えたくありませんけどね。
狼男の仮装をして強気に目覚めてしまったのでしょうか。
なんだかイヤな予感がする空気が流れていました。

着ぐるみの頭がゆらりと揺れました。
大きく開いた狼の口の奥から値踏みするような視線を送る妖精さん。
頭からつま先まで行き来したのち、おやつ入りのポシェットを射止めます。
ぱっと見だけではお菓子がいっぱい詰まってるとは思わないでしょう。
飴玉数個でいっぱいいっぱいになってしまいそうなポシェットです。
彼は野生の嗅覚でお菓子を見つけたのでした。

「きみ、おやつもってるです?」
いきなりぴりぴりとした会話の切り出し。
「もってますが?」
対する羊妖精さんも負けることなく応じます。
警戒心バリバリ。ポシェットを押さえて半歩後ずさる。
まるで体の陰に隠して守ろうとしてるかのよう。
「それをよこせです」
あー、言っちゃった。
この狼男の妖精さん、行事の趣旨を間違ってませんかね。
エンカウントした同士で奪い合うゲームじゃないんですよ。

「はー?ゆってるいみがわからぬです」

あんなに小動物然として可愛かった羊さんも噛みつき返します。
お宝を守るため牙を剥く。
まぁ、当然のことといえば当然のことですが。
ちょっとショックです。なんですかね、この裏切られたような気持ち。

「なんだとー!」
「にんげんさんのことばでおけ」
「とりっくおあとぅっりーと!」
さらに加熱するお菓子の奪い合い。
狼男さんはまるで必殺技のようにお決まりの台詞を叫びました。
「だがことわる!」
それを切って捨てる羊さん。
「……いたずらするよ?」
さらにお決まりの展開です。
「いいよ」

あ、いいんだ。
お菓子をくれなきゃイタズラするよ!とは言いますが、実際そうなるのは初めて見ますね。

そろそろと歩み寄った狼男妖精さんは、受け入れの姿勢を見せた羊妖精さんに体を密着させます。
上半身を覆った灰色の毛並みを真っ白い羊毛に擦りつけ、そして――
「はふんっ」
もこもこに包まれたお尻に手のひらを這わせたのでした。
やわらかく触り心地よさそうです。
触られた妖精さんも心地よさげな吐息で応えていました。

ゆるゆると揺れる白いお尻。
もっともっと、と誘ってる風でした。
この羊さん、なかなかのりのりですね。

そのやわらかいお尻を揉みながら羊妖精さんの耳に顔を寄せて囁きかける。
自然と狼の大きく開いた口に羊さんの頭もはまりこむ形になっていました。
「たべてしまいたいです」
わたしから見て食べてしまってる状態です。
ですが、全力で同意しましょう。
食べてしまいたいくらい可愛いんです。


「ら、めえええ。にんげんさんがみてるです」
最高潮に盛り上がった羊さん。
ひときわ高く鳴いたかと思うとそんなことを言い出しました。

焦りました。内心、汗だくだくですよ。
わたしの存在など綺麗さっぱり忘れ去って二人の世界に行ってしまってると思ってましたからね。
やっぱり観賞を続けていたのは、はしたなかったですね。乙女失格です。反省します。
ちらっとこちらに向けられた狼男さんの視線が痛い。
なんですか。おじゃまむしだと言いたいんですか。

「みせつけてやるです?」

やめてください。いたたまれない。
「……見せつけなくてよろしい」
数歩の距離を越えて二人の側に。
このままでは長引きそうなイタズラに終止符を打ちましょう。
カップケーキを差し出します。

「これをまってたです」

なら真っ直ぐわたしのところに来てくださいよ。

「いっしょにたべよー」
「あっちのひなたいくです」
狼男さんと羊さんは手を繋いで出て行きました。
仲良きことは美しきかな。

「ふう」
妖精さんが元気になる日は疲れます。
大きな事件こそないもののちいさなトラブルは絶えず。
きっと日付が変わる直前まで続くことでしょう。

ほら、またひとり。
机の引き出しから登場です。
もうこれくらいでは驚きませんよ。

「とりっく、あんど、とりーと」
「イタズラするの?」
「……して」
「あなたは欲張りさんですね」
っと、額をつっつこうとした指が止まります。
額に開いた第三の眼は、突くにはあまりにリアルすぎました。
目標を変更しておなかに一撃。
「あひゃんっ」
親愛の情を込めた全力全開のイタズラですよ。
仰向けに倒れた妖精さんは第三の眼を残してうっとり両目を閉じる。
とても幸せそうでした。


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