山のきのこの城::P1/3


「……三十八、三十九、四十。よしっ、完成!」

トレーの上に規則正しく並んだまるいチョコレート菓子たちを数え終えて一息。
今日もたくさん作りました。
わたしたち三人のお茶休憩用、そして妖精さんたちへの贈賄品です。
今日の成果は四十粒。これくらいあれば十分でしょう。

妖精さんたちの分も含めて多めに作る日々が習慣化してました。

体のサイズが小さい彼らはそれほど量は食べませんが、時には何十人もの大所帯で押し掛けてくることがあるので
そのときを想定して多めに作ります。
油断していると、食べ損ねる子が出たりして。
変化に乏しい表情のなかに、しょんぼりしたものが混じるのはとてもツライ。
罪悪感に胸を痛めることになります。

痛いのは嫌なので毎日がんばります。
この大作業も楽しいからいいんですけどね。
重要な仕事と称して趣味に没頭もできますし。妖精さんが喜んでくれることが活力にもなります。
そうです。これは現人類に幸福を与える尊き仕事なのです。

もう一度トレーをひと眺めして軽く胸を反らせます。
今日も素晴らしい仕事をしました。
あとはこれを事務所まで運んで、のんびりとお茶を楽しむお仕事に取りかかるとしましょう。


「とんとん」「おじゃましまー」「かみさまいるです?」
「はいはい、ここにいますよ」

神様と呼ばれて普通に返事をしてしまうわたし。
まぁ、そこは深く考えてはいけません。あだ名のようなものですから。
換気のために開けてあった小窓から入ってくる妖精さんたちを天使の笑顔で出迎えます。

「おやつほしいのです」「おもちかえり」「おべんとー」

彼らの目的はひとつ。
それにしてもちょうどいいタイミングでやってきましたね。
出来立てのお菓子が乗るテーブルの上、三人の妖精さんは籐を編んだバスケットを差し出してきました。
これに詰めて欲しいということなのでしょう。

「いいですよ。何人分ですか?」
「たくさん」
「たくさん?」
「みんないっしょにたべるので」
「うーん。では、三十四粒差し上げましょう」

みんな一緒ということなら、そちらで食べてもらった方がいいでしょう。
他の子たちも楽しい遊びの現場に集まっていくでしょうしね。
残りはわたしたち人間の分です。

バスケットの内側に飾り紙を敷いて、そこに山盛りのチョコ菓子を置きます。
これだけ詰めてもまだ少し余裕がありました。
このバスケットなら本当にたくさんのおやつを持ち帰れますね。
余ったスペースにおまけのおせんべいを入れてあげます。
食べあわせについてはスルーでお願いします。

「お持ち帰りなんて珍しいですね。みんなでピクニックとか?」
「いえぬ」
「……言えぬ、ですか」
「ないしょ」「こうがい、きんし」「にょにんきんせいです?」
「女人って、あなたたちにも男女の概念があるんですね」
『……』

おっと。いらぬことを言ってしまったかしら。
三人は顔を見合わせて首をかしげます。

「だんじょ?」「おとことおんなだ」「おかまはどっち?」
「オカマさんはぎりぎり男ではないですかね」
「じゃー、おかまははいっていい」「はいられてもいい」「ほられていいきもち?」
「こらこら」

額をつっついた順番に仰向けに転がる妖精さんたち。
どこか恍惚とした目で天井を数秒見つめ、起き上がった時には直前までの会話をすっかり忘れてしまったようです。
興味はすっかりお菓子の方へ。バスケットのなかを確認してうなずきあっています。
満足いただけたようで何より。
ですが、なんでしょう。胸のあたりがもやもやする。
何の変哲もない冗談のはずなのに、うまく話をはぐらされたような。
すっきりしない気分。

バスケットを頭上に抱えて出ていく妖精さんたちの背中が歩調に合わせて揺れる。
楽しい気分に浮かれているようなのはトラブルの前兆なのでは?
わたしの脳裏には、おやつをつまみながら妖しげな円卓会議を開く妖精さんたちの姿が浮かび上がっていました。

「……おっと、いけない」

わたしももう出なければいけないんでした。
考えるのはあとからでいいですよね。
残りの六粒を小ぶりの箱に詰めて事務所に向かいます。
ちょうど午後のお茶休憩に良さげな時間です。
先に家を出たおじいさんが小腹をすかせて待ってることでしょう。


≡≡≡≡

「出社いたしました」
「うむ」

おじいさんはいつもこうです。素っ気ない声が返ってくるだけ。
せっかく優等生の微笑みで挨拶をしたというのに。
大きな斧を研ぐ手を休めることもなく、視線すら向けてくれません。
いえ、にこやかな笑顔を求めているわけではないんですけどね。
お説教なら、なおさらいりません。
続く言葉がないのを確認して一歩後退します。
気分が変わってうるさいことを言い始める前にさっさとこの場を離れた方がよさそう。

それにしてもとても頑丈そうな斧。
刃渡りなんておじいさんの顔面以上ありますよ。
木こりに転職でもするつもりなのでしょうか。
って、そんな平和な用途に使われるならいいですね……。
素人のわたしが見ても攻撃力の高さがわかります。
窓から差し込む爽やかな陽光も、銀色の刃に反射すれば不気味な光へと変質してしまいます。
あれも過去に血を吸った曰くありげな武器であることは間違いなさそうです。
おおー、こわっ。

助手さんの笑顔に癒されようと彼の席に目を向けますが……あら?そこに栗色の髪の少年はいませんでした。
そう広くもない事務所です、姿を見つけられないはずは……。
きちんと揃えられノート類が机に乗せられているだけです。
これは昨日の帰り際に揃えられた状態のままのようでした。

「助手さんは?」
「ん?そういえば今日はまだ来てないようだな」
「珍しいですね、遅れて来るだなんて」
「どうせすることはないんだ、好きな時間に顔を出せばいい」
「そうですけど」
「助手くんも男だからな。朝から忙しくなることもあるさ」
「なんですか、それ」

意味不明。老人の戯れ言をまじめに聞くだけ無駄だと判断します。

助手さんが遅刻してるなんてどうしちゃったんでしょう。
気にするという方が無理あります。
自分で言うのもなんですが、わたしよりも遅れてくるなんて今までになかったんですよね。
何か理由があるはずです。
体調をくずして動けないとか。トラブルに巻き込まれたとか。

いろんな可能性を思い浮かべていたところへ、可能性のひとつでもある彼が開いていた窓から入ってきました。
ボタン代わりの安全ピンがきらりと光ります。

「ぼくらさんじょう!」
「おひとりのようですけどね」
「……まちがえた?」
「残念ながら、間違いです」
「ががーん」

あまり気落ちした風でもなく落ち込んだ仕草を見せる妖精さん。それも一瞬のこと。
素早く立ち直って窓枠からひとっ飛びにおじいさんの机に着地しました。
そして両手のひらが差し出されます。

「おやつのおめぐみおねがいです」
「今日はみんなでピクニックではなかったのですか?」
「ぴくにく?」
「みんなで食べると言って、お仲間さんがお持ち帰りしましたよ?」

ですから、ここには差し上げられるお菓子がありません。

「……にんげんさん」
「はい?」
「どして、ぼくは、おなかまにいない?」
「それは……えっと」

なんだか暗い方向に転がり始めました。
落ち込んだ態度が本物になりつつある、鬱雲発生の予感です。
仲間はずれ……なんてことはないでしょう、きっと。
たまたまタイミングが悪かったとか……。間違えてこっちに来ちゃったとか。
はて、どう説明したらいいのやら。
わたしがかける言葉に迷っている間にも妖精さんはどんどんうなだれていきます。

「おやつなら、私らの分があるだろう。それをわけてやればいい」
「おおおー。おじいはかみさまです?」

おやつさえくれれば誰でもいいんですね。
神様の称号を独り占めしたいわけでもありませんし。誰をなんと予防が勝手ですよ。
はい、変わり身の早さに寂しさなんて感じていませんとも。

それでも、いい感じに気分が逸れてくれたのには感謝しましょう。
おじいさんの肩によじ登って歓喜のダンスを始めた妖精さんからは、先ほどまでの暗さは感じられません。
楽しく美味しいおやつを食べたら悲しい気持ちも忘れますよね。

「はい、どうぞ」
「いただきまふ」
「おじいさんも」
「うむ。今日はトリュフか」

あとはわたしの分と助手さんの分。
主不在の机にお菓子を取り分けた小皿を置きます。

助手さん来ませんねぇ。
はやく来ないと妖精さんにあげちゃいますよ。


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