まんじゅうとかきごおり::P1/1


「ぴーーーーっ」

初冬の空に響き渡る声。
妖精さんがピンチな時に出す声ですが、心配して手を止める人間はいませんでした。
本格的に冬が来る前の、今年最後となる農作業にせっせと勤しんでいます。
忙しく働く人間には聞こえてません。
よく耳を澄ましていなければ聞き逃してしまうものなのです、妖精さんの声は。

「んきゃー!」

「むぎゅーーっ」

妖精さんの声を聞きなれた人にならわかるでしょう。
さっきから声を出してるのが1人の妖精さんだということが。

枯れて茶色くなった草が生える原っぱに妖精さんたちはいました。
雪が降ったら埋もれてしまって、春になるまで地面が見えなくなるような場所です。

細くて長い草がたくさん。
人間の膝下あたりまで伸びています。
ここを歩くとちょうどスネをくすぐられる形になります。
虫や蛇なんかと遭遇しちゃったりなんかもします。
あまり人間は近寄りたがらない場所ですね。

ですが、妖精さんにとっては絶好の遊び場です。
人間が暮らす場所のすぐ近く、でも人間に見つからない。
生い茂る草が姿を隠してくれる。
彼らはこういう場所が大好きなんです。
この距離感がドキドキしちゃうそうですよ。



「ぴーーーっ」

また声がしました。
さっきよりも少し大きな声です。
声を出してるのは、集団の真ん中いる妖精さんです。
1人の妖精さんを取り囲むようにして4人の妖精さんがいます。
全部で5人です。

彼らは体を寄せて押し合ってました。
正確には真ん中にいる妖精さんを総勢でむぎゅむぎゅ押してました。
周りから力を加えられるたびに、真ん中にいる妖精さん口から声が飛び出します。

いじめではありません。
違います。
彼らには悪い感情がありません。
誰かを嫌いになったり、痛いことをしてやろうって考えがないのです。

ならば、何をしているのかと言いますと。
彼らはおしくらまんじゅうをして遊んでいます。
寒い日に、体を寄せあって温めあうアレです。
遊びのノリで巨大文明まで築き上げてしまう彼らにしては、驚くほど慎ましく原始的な遊びと言えるでしょう。

本来のルールでは1人を集中的にむぎゅむぎゅするものではないはずです。
みんな平等に押し合うものです。
ちょっと間違ったルールですが、なんだかんだで本人も楽しんでるので良しとしましょう。

「ぴーーーっ」

1人の妖精さんが後ろ向きにお尻を突きだしぶつけました。
やわらかいヒップながら、なかなかの一撃です。

「はうっーーー」

その隣では背中同士を合わせて、寄りかかるようにして押してます。

少し離れた場所から助走をつけたダイビングアタック。

「きゃううっ」

遊び方がだんだん変化していくのも愛嬌。
より刺激的なものを求めたい人たちなのです。

他とは一味違った帽子をかぶってる妖精さんが両手を広げて飛びかかりました。
彼の名前は、きゃっぷ、といいます。
今日の帽子は枯草を編んで作ったもののようです。

きゃっぷの右腕と左腕にすっぽりと抱きしめられた体も、少し変わった服装をしています。
ちくわっぽい服です。
というか、まんまちくわです。
もうお分かりかと思いますが、集団の真ん中で的になっている彼がちくわ氏です。
きゅうりの代わりに妖精さんを突っ込んだような格好で
上から頭、下からは足が出ています。
首回りはなんだかタートルネックみたいで温かそうですね。
中間に開けた穴から出した腕は素肌なので寒そうですが。
たぶん大丈夫なのでしょう。


きゃっぷが両腕に力を込めました。
しっかりとちくわ氏の体に腕を回して、2人の間の隙間をなくす。
全身でむぎゅむぎゅします。
あまり力が強くない妖精さんですが、出せる力の限りを込められています。

「んぴーーーーーっ」

これはちくわ氏のツボにはまったようです。
いままでよりも一際高い声が響きわたります。
喜んでることがきゃっぷにも伝わったのですね。
むぎゅむぎゅ続けるきゃっぷの顔も嬉しそうにほころびます。

ちくわ氏の体を離そうとしないきゃっぷ。
ちくわ氏の素肌の腕もきゃっぷの背中に回されました。
体をくっつけあうあたたかさを知ってしまったから、もう離れられません。
お互いが抱きしめあって、ほっぺまでがくっつきます。
体の密着度合いが増すばかりです。

グループの輪から外れて、いまやちくわ氏はきゃっぷの独り占め。
いつのまにか、2人だけの遊びになってしまいました。

ですが、残された妖精さん方も思い思いの方法でおしくらまんじゅうを続行しています。
遊びとはどんどん変化していくものなのです。
合計8人の妖精さんで何通りものおしくらまんじゅうが開発されていく。
楽しい遊びは飽きることを知りません。


キャップは強弱繰り返し、いろんな押し方を試します。
腕の力で引き寄せるように、ぐりぐりと胸を押し当てるように。
細かく揺する方法もありました。
そして極めつけの大掛かりな技を披露しようとしたとき
バランスを崩して2人は地面に倒れてしまいました。

抱きあう態勢のまま、ころころ、転がって
何回転目かで止まりましたが、これもまた遊びを彩る刺激になるのです。
不意討ちの事故でしたが、これはこれで満足いくおしくらまんじゅう。

2人とも寝ていては動きづらい。
ならば、動かしやすい部分を動かすまで。
きゃっぷは腰を前に突き出してちくわ氏に押し当てます。
何回も、何回も。
ただ押し当てるだけ。
それだけなのに繰り返しているだけなのに、なんだか不思議な気持ちになってくるのです。
この気持ちを妖精さんはこう表現します。
『楽しい』と。
彼らにとって、マイナスの気持ち以外はすべて『楽しい』です。
それでいいのです。

楽しい気持ちはおしくらまんじゅうの的に専念していたちくわ氏にも芽生えます。
きゃっぷの腰とちくわ氏の腰が同時に動きます。
始めはバラバラのリズムで、相手を押しやるようであまり楽しくない。
何回か繰り返すうちにコツを掴んだようです。
だんだん息があってきて、2人が同じだけ楽しくなれる状態を見つけ出しました。
満足げな表情でうっとり。

「「ぴーーーっ!」」




ゆっくりと立ち上がったきゃっぷ。
帽子を少し上げて、額を拳の甲でぬぐいました。

汗をかいてる様子はありませんが、別にいいのです。
そういう仕草をするって大事です。

それを合図に、集まってきた他の妖精さんたちもそれぞれが汗をぬぐったり
服のなかに風を送って火照った体を冷ます仕草をします。

「あついです?」

きゃっぷが言います

「あったまた」「あったかね」「あっつい」「ぽかぽかするする」「あせかきー」「きおん、あがたかも?」

6人の妖精さんも続きます。

一応言いますが、おしくらまんじゅうで気温は上がりません。
そんな簡単に温かくなるほど冬の世界は優しくはないですよ。

ちくわ氏はというと、大の字になってまだ寝転んでいました。
お疲れのようです。
ですが、とろとろに溶けてしまいそうな満ち足りた表情をしています。

そんな寝転がるちくわ氏を目掛けて何かがやってきました。
曇った空からひらひらと。
眉間に着地すると同時に消えてなくなってしまいます。
冷たい感触に驚いておでこを押さえたちくわ氏の手のひらを水滴が濡らします。


「ゆき」「ゆきんこ」「ゆきゆき」「すのー」「はつゆきです?」「またふってきたよー」「ふってきたね」「あっちもきた」

天気の変化に気づいた妖精さんたちが揃って空を見上げた。
黒い目に白い綿のような雪が映ります。
ひとつふたつと小さな雪の欠片が落ちてくるのを指差して数えていた妖精さん。
ぽっかり口を開けて見とれるそこへ一片の雪が入りました。

「つめたっ」「つめたい?」「ゆき?」「こおり?」「ゆきこーり?」「かきごうり?」「いちごしろっぷー」

「そろそろおやつのじかんなのでは?」

きゃっぷが結論を出しました。
妖精さん全員の目が輝きます。

「おかし」「たべたい」「じかんちがても、たべたい」「たべるべきです」「おかしたべずに、なにをたべる?」「たべにいくです」「いこういこう」「さんせー」

妖精さんたちの心はひとつ。
楽しい遊びと同じくらい好きなもの、それは甘いお菓子です。
反対意見が出るはずもなく、次の予定が決定しました。


「にんげんさーん」

息ぴったり、8人の揃った声が寒空に響きわたりました。


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