ねるねるするね?::P2/3


「おひさしぶりです、きゃっぷさん」

顔見知りの人間としてご挨拶を。

「これはどーもどーも。ほんじつはおひがらもよく、ごきげんいかが?」

なんだかちょっと他人行儀に感じる挨拶です。
何度か経験したことですが、彼らはとっても忘れっぽい。
昨日会ったばかりだったとしても記憶からぽろりと抜け落ちてしまうことがしばしばあります。
今回も忘れられている不安が過ぎります。
彼らの性格を熟知していても悲しくなりますよ。
念のために確認をさせてください。
腰をかがめ、なるべく近くで顔を見てもらいます。

「わたしのこと、覚えてますか?」
「もっち(もちろんです)」
「それはよかった」

ほっと安堵の息が漏れます。
その言葉、信じますからね。

「それで、この招待状のことなんですが」
「はい。いまからおかします?」

ポケットから取り出して見せた招待状を肯定するきゃっぷさん。

「お、おかっ、おか……とはどういうことか聞かせていただきたく」

それだけでは内容が伝わってこないので説明を求めたいと要求するわたしの言葉もたどたどしく
他人の言葉足らずを責められなくなっています。
やはり声に出すのはためらわれますよ。
恥じらいあふれる乙女なのです、わたしは。
それでも気合いで伝えます。伝わってますよね?

「おーおかおか」
「そうではなくて」
「あー……、おかしをめいきんぐ?」
「お菓子を作る?」
「らしいです?」
「きゃっぷさんが?」
「ぼくはあれこれいう」

なんとなく掴めてきました。
この大きな帽子も特大ヒントになりました。

「つまりきゃっぷさんが先生でお菓子教室を開くと」
「うぃむっしゅ!」

どうやら正解のようです。

そうか、お菓子教室ですか。
放置物件の割りにきれいに掃除されていたのは料理するからだったのですね。
ほこりが取り除かれた作業台はたしかにお菓子作りがしやすそう。

あ、でも。
なんでもないように言ってますがひとつ疑問が。

「お菓子作りは苦手だったのでは?」
「ですが?」
「苦手なのにお菓子教室?」
「すごいおかし、かいはつしましたです」
「へぇ、開発したんですか」
「はい、けんきゅうひようはりんごみっつぶん」

独自の製法で妖精さんたちにも作れるお菓子を開発したから伝授したくなったんですね。

お菓子大好きなのに自分たちでは作れない。
これは妖精さんたち最大の弱点ともいえました。
あんなにすごい超科学力を持ちながら人間に頼らないと大好物を手に入れられないのですから残念極まりない。
これを克服できたならもう怖いものなしなんじゃないですか?
妖精史に残る大発明となる可能性があります。
そしたら人間が絶滅しても安心です。
自給自足でハッピーライフの始まりですよ。

コック長の帽子を反り立たせ、きゃっぷさんは誇らしげに見上げてきます。
彼の自信作、ぜひ拝見させていただきましょう。
お菓子教室への参加を申し込みました。
妖精さんに学ぶのもいい経験です?
お菓子作りにおいてはもう人から教わるなんてないと思っていたのでちょっとわくわくしています。



「まずはざいりょうのごせつめい」

生徒たちと向き合ったきゃっぷさんが説明を始めました。
わたしと助手さんも作業台の一角に席を確保し、きゃっぷさんの声に耳を傾けます。

「まほうのこなとまほーのこなとおいしいみずをよういします」

魔法の粉がふたつあります。
微妙にイントネーションが違うので別物なんでしょうね。ややこしい。

だいたい50グラムほどの白い粉と小瓶に入った水です。
ずいぶんと少ない。
それが材料を見た率直な感想でした。
他に卵やバターといったものはなしですか。
粉と水だけで作れるものは限られてきますよ。
脳内の記憶領域にため込んだお菓子レシピを思い起こし、完成品を予測してみます。
いや、でも妖精さんのやることですから、魔法の力が働いてぼふんっとお菓子の家が建つくらいのことはあるかも?

「はーい」「もってきたー」

あちらこちらから聞こえた声に驚き思考を中断します。

あれこれと考え事をしていて他の妖精さんたちの動きに気づきませんでした。
ざっと確認したところ、参加者の妖精さん全員の前に魔法の粉×2とおいしい水が出されていました。
それぞれ水筒が違うなどというところはありますが、そこは問題ではないでしょう。

材料持参!?
そんな話は聞いてませんよ。
招待状にも書いてなかったはずです。
一行しかない内容でしたから、見落としようもありません。
わたしたちに非はないはず……。はずですが……。

どうしましょう。
作業台に何も出していないのはわたしと助手さんだけでした。
冷や汗が背中を伝います。
視線を向けると助手さんも同じように困り顔でした。
まるで宿題を忘れてしまった生徒です。
悪いことをしてしまった気分になりますよね。

仕方ない。
ここは年長者として犠牲になりましょう。

「あの、すみません」
手をあげ、発言の許可を求めます。
「うぃ?」
最前列に立っていたコック長きゃっぷさんが説明を中断し、発言の続きをうながす視線を向けてきました。
それに釣られるようにして振り返る生徒さんたち。

「材料、忘れてきました」

全員から注目されながら己の失敗を告白する。
ああ、なさけない。
学舎時代ならYから嘲笑を受けていたことでしょう。

きゃっぷさんは、ふぅやれやれ、と言いたげな様子で首を振りわたしの前までやってきました。
まっすぐに見返せず、うつむいてしまうわたしです。
ですが、どんなに縮こまっても突き刺さる視線からは逃れられません。
妖精さんよりちいさくはなれないのです。

「おうちにとりにかえる?」
「いえ、うちにもないかも」
「しなぎれかー」

魔法の粉がただの薄力粉というならいけるんですけどね。
なんとなく本当に魔法がかかってそうなので、逗留中のキャラバンから入手してくることも不可能だと思われます。
ある意味品切れで正解です。

「あ、でもおいしい水なら今から汲んでこられるかも」

急いでわき水を調達してきましょう。
頻繁にサバイバルを繰り返してきたお陰で、緊急事態に備える癖がつきました。
近辺の地理は把握しております。
ここの近くにも飲み水に利用できるわき水があったはず。
駆け足で急げば数分でクリアできます。

「このおいしいみずは、でんせつのしろいりゅうがすむいずみのこおりをとかして――」
「ちょっと待って」

道案内の地図を描いてくれようとしている妖精さんを止めます。
どうやらこちらも特殊な水らしいです。
それ以上に確認したいことがありました。

「竜がいるの?」
「でんせつになるくらい、ちょーゆうめいじんですが?」
「そっか。いるんだ」

妖精さんが『いる』と断言したのを聞くと、すとんと納得できてしまいました。
彼らが『いる』と言うなら本当にいるのかもしれない。
妖精が存在してるくらいですもんね。
ファンタジー時代万歳。

ですが、取りに行くのは無理そうです。
竜がいる泉を探す旅に出てはそう簡単に帰ってはこられませんね。
ここから壮大な冒険物語が始まってしまいます。
わたしはイヤです。
夕食までに帰宅できる距離より遠くへは出かけたくない。
あたたかなベッドで眠る生活をしたい。
伝説の白い竜という単語に反応して瞳をきらきらさせている助手さんには悪いですが、おいしい水の自力入手は断念ということで。
さあ、受け取った地図を手放すのです。
本気で出発準備に入ってしまう前に没収します。

ちなみにこの地図、真っ白い紙に竜の居場所を示す×を描いただけの超シンプルな内容。
距離も方角もあいまいで解読に一生かかりそうな代物でした。
冒険キャンセルできてよかった。


気軽に汲みに行くなどと言ってすみませんでした。
へこへこ頭を下げてきゃっぷさんから予備の材料をわけてもらうことで問題は解決しました。
ありがとう。
このお礼は近々、手作りお菓子で返させていただきます。


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