novel | ナノ
hide and seek


あの少年が妙な宣言をしてから、もうすぐ15分が経つ。薄暗い机の中の僅かな隙間から息を殺してドアをみつめている。
焦点が絞られ視界を圧迫する感覚。立てつけの良くないあのドアはいつも甲高い悲鳴のような音を立てて開閉することを思い出し、背筋が更に冷えた気がする。
耳を澄ます。沈黙を壊す足音は、まだ聞こえてはこない。



hide and seek


「かくれんぼをしよう、佐藤。」

ひい、ふう、みい、よ。

何故自分は、素直に従っているのか。たかが子供の遊びだと思ったのだ。確かにそう思って、そのまま分からないまま、急き立てられるように背を向けた。
あの子供が子供らしいことをしたことが怖かったのか。相手がいないことを同情したのか。ただ自分に分かることは、その願いを聞き入れ、部屋を出たことだった。
顔を下に向けると窮屈に折り曲げられた膝。黒い生地にまぶれた塵芥をそのままに、膝を抱く。
些か埃っぽい書斎の中で、ひとり。普段は考えもしないことばかりが頭をよぎる。絨毯の素材、埃の厚さ、本の数。否定するかのように首を振る。
左腕に着けている腕時計の秒針が気にかかる。ちくたく ちくたく、時ばかりが過ぎる。焦りは広がるばかりだった。
あの日。正義という群に、狂気だと怖れて止まなかった少年を放る瞬間を待ちわびた日のように。
一連の流れを観て、安心していたときすら消えなかった焦心、鼓動、耳鳴り、
窮屈だ。大の大人がこんな。
何故、俺が、

「…馬鹿馬鹿しい」
息と共に悪態を吐き、机の影から出ようと腕をそろりと伸ばした。
馬鹿馬鹿しいのは私のほうだ、こんな無意味な動作など。危ない獣から逃げ出すかのように逃げ出してしまった。確かにあの子供は危なく、恐ろしい子供だ。
だがこれは精々遊びだ。くだらないと考えを一蹴し、痺れ始めた肢体を伸ばそうと机の外の床に手をついた。
その直後、ぎし、家具に本に、多すぎる重みに傷んだ床板が軋む。何かを考える間もなく手を引いた。驚きのあまり寒気すら覚える机の内側で、自分の影すらを無くしたような錯覚にぐらぐらと視界が揺れる。軽い動悸がする。
深呼吸を一度、二度、三度。吸い込んだ空気は少しばかり埃っぽかった。

ただ たかが遊びの、鬼に。
見つけ出されるという理由を利用して、分かりやすい場所へと身を隠す。見つからないように、息をひそめている。見つけられたがって、息を吐き出している。非常に都合がよくまた、許された環境で。
強く目を閉じ、どこかへ沈んでいきそうな感覚に襲われた、それまでだった。





「見つけた。」まず一言。座り込んでいる自分と、立っている少年との目線はいつもより近く。
何も聞こえなかった。
「ドアの音がしませんでした」
「開いてるドアをわざわざ閉める意味がないよ。変わった奴だな。」
「あなただって突然かくれんぼしようなんて言って」

出てこいと言いながら一歩下がったのを確認し、そろそろと這い出す。どうにか出たところで、固まった体のあちこちが痛むからと立ち上がるのを諦めて目線だけを動かすと、視界がさっきまで頭上にあった重厚な家具で遮られる。
辛うじておさまっていた机も、この少年ならすっぽりと収まってしまうのではないか。
「言った。乗るとは思っていなかったがな。…で、寝ていたんだよ、お前」
だから最初はいないと思っていたんだ。こんな所で膝なんて抱え込んじまって、影に馴染んでしまっていたときた。しまいには寝てやがる。
「透明人間にでもなっていたって言うんですか」
彼に見下ろされるのにも慣れたものだ。とうに消え失せた苛立ちも、慣れてしまったことへの嫌悪感もすっかり忘れかけている。
「そうかもしれないな、お前にしては面白い例えなんじゃあないか」
「残念ながらその透明人間は、寝ていたもので」
四肢をほぐしつつ自嘲気味に話を続ける。紛らわせてしまいたかった。
「気付いていたんでしょう、私がここで縮こまってしまっていたことを」
どうでもいいことだ。
「透明人間の欠点を知っているか」
「…モノが見えないことでしたか、網膜上で反射した光が像を結べない為…でしたっけ。冗談だったんですよ」
風が吹いて窓がカタ、一度鳴った。続けざまに先ほどまで沈黙していた扉も鳴いた。思わず驚いて振り向こうとすると、すっと伸びた白い手が肩を掴み、それを阻んだ。
「自分の介入しないものを見たいために透明人間になったとしても、いっそ目でも閉じていても同じってことか」
さっき机の下で考えていた行動と感情を引っ張られるのが気に食わなくて言葉を引き取る。机の下で考えていた後ろめたさも、過去のことももう忘れてしまいたかった。
「皮肉ですね」
「冗談のつもりだったんだろう」

肩の手が一度離れ、自分の前に出される。
「いつまでそこに埋もれてるつもりだ、起きろ」
「思った以上に、気持ちがよかったもので」
出された手を掴む。その手に力をかけ過ぎないようにゆったり立ち上がると、先ほどまで見上げていた子供を見下ろした。
「今度掃除をしたほうが良さそうです」
「透明人間に頼むとするか」
それだけ言って、面倒そうに欠伸をひとつ零した。

12.10.11.

半年以上前の書きかけが出てきたので
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