2020/08/29 22:34

 ふくふくとした丸い頬はリンゴのように赤く、私の指を掴む手はとても小さいのに爪の先までちゃんとある。ビー玉のように丸い目で辺りをきょろきょろと見回し、時折目を細めて笑い声をあげると周囲の人間たちは微笑んだ。もちろん、私も含めて。
 ふたつ歳が違う姉が子供を産んだ。落ち着いたから出産祝いを寄越せと言われ、のこのこと顔を出しに行ったら驚くほどかわいい生き物がいた。あれが欲しいこれも欲しいと、追加を強請って来る姉から産まれたとは思えない。
「かわいい……ちいさい……」
「そりゃ私の子だしかわいいに決まってるでしょ」
 ちょっと何を言ってるのかわからないが、それを口にしたらどうなるのか長い付き合いで分かっているので黙っておいた。
 赤ん坊の頬をつつくと柔い肌に指が沈んだが、気にしていないようで私の指で遊び続けている。いったい何が面白いのかはまったくわからないけど。
「じゃあ、そろそろ」
 姉がそう言い手を伸ばすと、やはりそちらの方が良いようで私の指を離し手を伸ばす。そのまま抱き上げられると、私の腕のなかにいたときよりも嬉しそうにふにゃりと笑みを浮かべた。もう少し抱いていたかったけど、姉のところに行きたいのを邪魔するつもりはない。すっかり腕のなかから無くなった熱と重みを思い出すように、何度か腕を動かす。
 送られてくる写真を見るたびに思っていたけど、実際に見てみるともっと可愛かった。じっとこちらを見ているのに気づき、小さく手を振ってみせたがふいとそっぽを向かれてしまう。ふられた。でも可愛い。
「やっぱり可愛いね」
 私の言葉に、今までずっと黙っていた母が口を開いた。
「そうね、あんたもそろそろ」
 おぎゃーっ!

「おぎゃりたいのはこっちの方じゃい!」
 散らかった部屋の真ん中でびたーん! と勢いよく仰向けに転がり背中を痛めた。痛い。ふわふわと宙に浮かぶヨノワールが見下ろしてくるが、気にせずにばたばたと宙に向けて手足を動かす。
「あーあ! 養ってもらいてえなあ! 働かないでも金がもらいてえなあ!」
 どう思う、とヨノワールに投げかけると頷いてくれる。頷いているわりには、肯定してくれてるのかそうでないのか今ひとつわからないけど、構ってくれるならそれでいいか。
 起こして、とヨノワールに向けて手を伸ばすと軽々と引っ張りあげてくれたので、そのまま足を伸ばすようにして座る。それからついでとばかりにわしゃわしゃとか体中を撫でまわされた。たぶん可愛がってくれてるんだと思う。いつものことだ。
 人間が全身遠慮なく撫でくりまわすなんてやったら普通にセクハラだけど、ヨノワールだから許される。あと、これは人間がエネコを撫でるのと同じ感覚なのもある。トレーナーに向かってなんだそのうどんを捏ねるような手つきは。腹を揉むな。私がエネコの腹を揉んだように揉むな。
 腹を揉んでいた手は徐々に上がっていき、胸を通り過ぎ頬を何度か往復するように撫でたかと思うと子供にするように頭を撫でられる。本当にエネコにするのと同じような感覚だな。でも愛でられているのはわかるので悪くは無い。ヨノワールの太い指がむいと目の端に触れ、反射的に眼をつぶる。何度かそのまま指の腹で優しく擦ると、再び頬を撫でられた。
「別にさあ、なんというかさあ」
 絶対に何が何でも産みたくないわけでは無い。ただ考えがまとまらないだけだ。この歳でそれもどうかもしれないけど。
 頬を撫でていた手はするりと首を撫で、そのまま下に。下に。わかっているのかいないのか、ちょうどそれの上だ。先ほどの揉むような動きとはまるで違い、ゆっくりと、まるでそこにいるものを慈しむかのように撫でる感触にくすぐったくなり、足をすり合わせる。背筋がぞわぞわするし、無意識に腰が引けてしまう。
「……ヨノワールの子だったらいいかもね」
よく知らない人間と比べたら、気心の知れた相手であるヨノワールの方がいいのかもしれない。どうせ今から知り合ったとしても、それはヨノワールよりも短い間しか一緒に過ごしていない訳だし。
まあ、冗談だ。人間とポケモンがたまごを作れるわけがない。ヨノワールだってそれを知っているから、きっと呆れているだろう。そう思いながら見上げたヨノワールの眼は、弧を描いているように見えた。
「え」
まばたきをしてもう一度見ると、いつもの何を考えているのか今ひとつわからない目付きだ。きっと角度の問題だったのだろう、そうに違いない。 股の間に置かれた手の意味を、考えてはいけない。
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