2020/08/22 17:49

 墓場にはゴーストタイプが集まりやすい。実際にそうだから、そういうものなんだろう。陽が傾き始めて涼しい風が吹き始めてきた頃、お供えの花を片手に一人墓参りに来たわけなんだけど、あちこちにゴーストタイプのポケモンがいる。
 ゴースにムウマ、それからゴースト。何かいたずらをしてくるわけではないけど、遠巻きにこちらを見ながら笑っている。いったい何が面白いのやら。視線も向けずにいると、つまらないやつと思われたようでそのうち笑い声も聞こえなくなった。無視すると良いって聞いてたけど、本当なんだなぁ。でも無視するとしつこくされるっていうのも聞いたことあるから、そのときの気分なのかもしれない。怖がらせたり、驚かせたりするのがゴーストタイプのライフワークみたいなところがあるから仕方ないね。
「ん?」
 見えてきた目的の墓の前に、一匹のゲンガーがいる。いたずらをしているようなら追い払わないと、と思ったのだがどうやら違うらしい。大人しく、何故かはわからないけど墓を眺めているのでただお参りに来てくれただけなのかもしれない。でもあの墓に眠っている、あの子にゲンガーの知り合いはいなかったはず。
 近づいていくと、こちらに気がついたようで驚いて姿を消してしまった。一体何のようだったんだろう。でも、わざわざ聞くほどでもないし、見えないからどこにいるのかわからない。
 まあいいかと気を取り直して、花立から供えられている花を引き抜いた。毎日水を取り換えてはいるけれど、やはり夏のこの暑さには耐えられないようでしんなりとしてしまい、花は頭を下げている。花立のなかの水も暖かくなり、煮えているような状態なのだから仕方ない。すこしもったいないような気もするけど。
 さて中の水を取り替えよう。備え付けの水道へと向かう途中、墓石の陰からこっそりと先ほどのゲンガーがこちらの様子を窺っていた。何か用事、といってもやはり思いあたるものはない。ゲンガーもこちらの様子を窺うだけで、近づいては来ない。硬直状態が少しの間続いた後、視線があの子の墓ではなく私が手にしているしなびた花に向いていることに気がついた。新しく持ってきたものではなく、こっちに。
「……ねえ、もしかしてこの花が好きなの?」
 まさか話しかけられるとは思っていなかったようで、びょんと飛び跳ね姿を消したり現したりしたあとに小さく頷いた。それから再びじっと花を眺めている。
 なるほど、だから煮えてしまってくたびれていても、この花を見ていたのか。そういえば今日持ってきた花束には同じものは入っていない。だからこっちには興味を持たなかったのだろう。
 それにしても、盗んだりはせずに眺めていただけなんて。ゴーストタイプはいたずら好きが多いから、お供え物であっても持って行ってしまうことは多いのに。今までも何度もこの花を供えていたけど、知らないうちに減っていたなんてことは一度も無い。ただ見ているだけだったんだ。
 ちらと手元の花に視線を向ける。茹ってしまったこの花はあとはもう捨てるだけだ。それなら、一度供えたあの子の花ではあるけど……きっとあの子も許してくれるはずだ。
「ね、くたびれちゃったやつでもよければいる?」
 ごみをあげるなんて、そう思わなかったわけでは無いけど。この後に捨てられてしまうのを知っているのか、花を見る目がひどく名残惜しそうなものに見えたからそう言ってしまった。
 ゲンガーは嬉しそうに満面の笑みを浮かべると、びょんびょん跳ねるようにしながらこちらへと近づいて来た。束のなかからから比較的くたびれていないものを一本引き抜き手渡すと、両手で受け取ってからじっと花を眺める。それから頭を下げると、姿を消してしまった。案外あっさりしていたな、そう思ったが遠くの方からゲンガーのものと思われる嬉しそうな笑い声や、歓声が聞こえてくる。
「嬉しそうじゃん」
 姿は見えないが、嬉しそうにはしゃいでいるであろう姿を想像するとこちらまで嬉しくなる。まるであの子がいたときのようだ。この花を買う時に、渡したときの反応を想像しては一人で嬉しくなっていた。
 明日来るときは一本余分に多く持ってこようかな。
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