※二人とも大学生で同棲してます




鍵を差し込んでまわし、ドアノブに手をかけて、家に入る。

玄関には、男物の靴がきれいにそろえられていた。

「おかえり」

エプロンをつけた風丸くんが顔をのぞかせた。

「ただいま。きょうははやいね」

「ん、やっと実験が一段落した」

「……ちょっとやつれた?」

風丸くんは理系の大学生だ。このところ、実験やなんやらが続いていたらしく、彼とここで顔を合わせるのはずいぶんひさしぶりだ。

すこし、頬がこけたような気がする。

風丸くんは苦笑した。

「まあ、ちょっとうまくいかなくてな」

そっか、とぼくはつぶやいた。

「いまごはんできるから」

「ありがとう」

ぼくより風丸くんのほうが、料理が上手だ。
ひさしぶりに彼の料理が食べられる。

「おまえ、俺がいないあいだちゃんと飯食ってた?」

風丸くんが訊ねてくる。

「うん、女の子たちにもらったりとかしてたからだいじょぶ」

すこし首をかしげてそう言えば、彼はそっけなくあっそ、と言って台所に戻ってしまった。

ぼくと風丸くんは、いわゆるルームシェアってやつをしている。

いま借りているこのアパートは、せまいけれど、ひとり一部屋使えるので気に入っている。

じぶんの部屋にかばんを放りこんで、風丸くんを手伝いにいく。

「じゃあ食器ならべておいてくれ」

「はーい」

テーブルに食器を置きながら風丸くんを見やる。

ふふ。

こういうの、幸せ、だなあ。

新婚夫婦みたい、なんて言ったらきっと彼はすねてしまうだろうけど。

あ、そういえば。

「今日もね、また訊かれたんだよね、なんできみと一緒に住んでるのって」

「……だれに」

「女の子だよ」

「恋人でもないのにってか」

そうそう、とうなずけば、彼はまた苦笑して、

「むかしは、恋人だったんだよな」

つぶやく。

そう、むかしっていうほど昔でもない、たった数年前まで、ぼくたちは恋人、だったのだ。

「若かったよね、ぼくたち」

とてもよく覚えている。

「……いまだって、まだじゅうぶん若いだろ」

彼もなつかしそうに目を細めた。

そう、密やかで甘美な時間だった。
愛していると夜な夜なささやきあって。
そしてお互いをなじってけなして、いっしょうけんめい傷つけてやろうとして、じぶんが傷つくだけで。

情熱的に、恋をしていたのだ。

いまはもう、炎はだいぶ穏やかなものになって、それでもまだ、ぼくの心を焦がしつづけている。

「ひさしぶりに一緒に寝ようか?」

誘ってみれば、

「もっと涼しい季節になってからに、してくれよ」

彼はあからさまに嫌そうな顔をした。

「……、そうだね」

一瞬だけ、風丸くんと唇を重ねる。

「……っ! ひ、ろと!」

「ぼくお腹すいちゃったな。ごはんまだー?」

赤く染まった風丸くんの頬にこんなにもどきどきしている自分がいる。そう、炎はまだ、燃えている。


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