「あー、これ知ってる」
俺の国語の教科書をひらいて、霧野先輩が一言。
「は? 何ですかセンパイ」
数学の問題を解く手を止めて顔を上げると、
「これこれ、この詩。
むかし わたしはとりのかげさすうつくしいことうにうまれ、
ってやつ」
「知ってるも何も、去年勉強したんじゃないのかよ」
たいしておもしろくないことだったから口調がきつくなったけれど、霧野先輩は気にしてない様子で教科書を眺めて、
「いや、会社が去年のとちがうな」と言った。
すこし気になるのでテーブルから身を乗り出してのぞきこむ。山菜先輩あたりが好みそうな水彩の挿絵がついている。女の子の詩、みたいだ。
「センパイは、なんでこんな詩知ってるんすか? 文学少年かよ」
「んー、それは神童かな」
ここで神童先輩の名まえがでるとは。霧野先輩がごろんとひっくり返った。足の裏を俺のほうに向けて、テーブルにのせている。この先輩は女顔のくせに行動がいちいち男っぽい。
「ちっちゃいとき、神童んちで絵本を見て、この詩がのってた……気がする」
「ふうん」
「あと、港がどうのこうの? みたいなやつとかあったかなあ。あした神童にきいてみよ」
霧野先輩はうーんと伸びて、体を起こした。
「さあ、勉強のつづきやるか」
*
夕焼け空が霧野先輩の髪みたいな色をしている。夏が終わる気配。
「あ、そうそう、絵本まだ持ってるってさ」
「絵本? あー」昨日言ってたやつ。
霧野先輩は笑って、
「神童あの詩だいすきだったんだよな。てか、今日も暗唱してくれた」
「まじかよ、神童先輩すげー」
「あした持ってくるって。狩屋にも見せてやるよ」
「はいはいどうも」
幼なじみっていいなあ。お日さま園のみんなもそんな感じの仲だけれど、“霧野先輩の”幼なじみは羨ましい。
すこしふてくされて歩いていると、となりの先輩が鼻歌を歌いはじめた。……ん?
「その、曲」俺が貸したCDの。
そう言うと、
「あ、そうか。これ気に入ってさいきんよく聞いてるし、おまえもたまに歌ってるから、つい」
ふんふん、霧野先輩は楽しそうにハミングしている。
一緒にいれば、こうやって増えてゆくものがあるんだなあ。




※詩は丸山薫「幼年」より引用しました


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