こんこん、と控えめなノックの音に「どうぞ」と返事をすると、入ってきたのは霧野だった。 「神童、調子はどうだ」 面会者用の椅子に腰かけた霧野に、「元気だよ」と笑って返せば、「そうか」と霧野はうれしそうにうなずいた。 「あ、何これ」 ベッドのわきのテーブルに置いた詩集を指さして霧野がいった。 「詩集だよ。せっかく時間があり余ってるから本をたくさん読もうと思って」 「ふうん」 「まだこれが一冊めなんだけどな」 霧野は白い表紙の薄いそれに手をのばして、ぱらぱらめくった。 「へえ」俺はよく分かんねー、と言う霧野に、 「俺だってぜんぶ噛み砕いて鑑賞できてるわけじゃないぞ」 と笑ってみると、 「でも読むのか……よっぽどひまなんだな」 「まあな」 俺は苦笑した。 学校にも行きたいしサッカーをやりたい。それから、入院していると霧野といる時間が減ってしまうのだ。 そんなこと恥ずかしくて言えないな、と思っていると、 「学校に神童がいなくて寂しいよ」 ずいぶんまじめな顔をして霧野が言った。 まったく、これだから霧野には勝てないんだ。 けど、 「……俺も、霧野とあんま一緒にいれなくて寂しい」 顔をうつむかせてちいさな声でつぶやいた俺に、霧野は満面の笑みで抱きついてきた。 かなたへ 君と共にゆかまし 「ミニヨン」ゲーテ(森鴎外訳)より引用 |