※年齢操作あり
GOの直前くらい




ニューヨーク行きの便が欠航になったとかで、空港内のロビーはひどくごったがえしていた。英語ドイツ語スペイン語ポルトガル語中国語、あらゆる言語で人々が怒鳴りちらしている。

俺は運良くとれたスターバックスのカウンター席でノートパソコンをひろげて、届いたメールに顔をしかめた。そう簡単にうまくいくとは考えてないけれど、プロジェクトが失敗するのはくやしい。氷がとけて薄くなってきたコーヒーをすする。それからさっき買った洋書のさいしょのページをひらいた。

顔をあげて、ずり落ちてきた眼鏡を直した。この混雑具合だと、はやめに行動をおこさないと時間どおりに搭乗口にたどりつけなさそうだ。ジャケットの内ポケットからチケットを取りだし、時間とゲート番号を確認して、ていねいにしまいなおした。
空になったプラスチック容器をごみ箱に放りこみ、スーツケースをしっかりつかんで歩きだす。
免税店はどこも人であふれていて、ニューヨーク行きの欠航を知らせるアナウンスが頭上を漂っていく。ニューヨークに寄ることにしなくてよかった。
ほっと息をはいたところで、なんだか見覚えのあるものが見えた気がして立ちどった。どん、と人にぶつかられ、「sorry,」とあやまると舌打ちされた。

免税店の一区画に白いシャッターがおろされていて、そこに人が立っていた。白い髪、黒くなめらかな瞳、「……豪炎寺くん?」
思わず声を発していた。ひさしぶりに日本語を口にした。彼がまっすぐこちらを見た。あ、聞こえてた。
「ヒロト……?」
彼の口がそう形づくった。

俺はスーツケースをひっぱって豪炎寺くんに近づいた。中学のころ立てていた髪はいまはおろされていて、柔和な印象をつくりだしている。
「ひさしぶり」
「ああ」
彼はずいぶんやわらかく笑うようになっていた。

「まさかヴァンクーヴァーまで来て知り合いに会えるなんて、思わなかった」
そう言うと、
「俺もだ。……今日ニューヨークに行く予定だったんだがな」
すこし暗い口調で豪炎寺くんは言った。
「ヒロトは、日本に帰るとこ、か?」
「うん、やっと仕事が終わったところ」
豪炎寺くんは、なんでカナダに? 問うてみた。
「……研修だったんだ」
「そうか、医学部だもんね、まだ大学生なのか」ちょっとうらやましいなあ、と軽く言ってみると、
「ヒロトは吉良財閥を継いだんだもんな、いろいろ話は聞いてるぞ」
にやり、笑みを浮かべて豪炎寺くんは返してきた。
――ゲート7、カナダ航空日本行き、とアナウンスが耳に入って、
「じゃあ、俺行かなきゃ。今度はゆっくり会おうね、豪炎寺くん」
「ああ」
片手をちいさく振り合って、また歩き出した。帰ったらまず緑川に会いたいなあ。


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