※ぐだぐだ









「トムさんさぁ、俺なんかと関係持っちゃって本当によかったの?」
「何を今更。第一誘ってきたのお前からじゃん。男のくせにうだうだ言ってんなよ」

半裸のままベッドに腰を掛けて煙草をくゆらせるトムに臨也は呆れたような顔で、煙いと一言だけ唇を動かした。

悪い悪い、これ一本だけ。
トムは煙草を指で遊ばせながらニコチンを多量に含んだ煙を臨也に向かって吐き出した。慣れない煙を思いきり吸い込んでしまい、けほけほと小さく咳き込むと相手は意地悪そうに笑った。悪いだなんて口ばっかりで、これっぽっちも悪いだなんて思っていないのだ。

眉をしかめて抗議の意を表しても、特に読み取る気配もない。臨也はいつものことだと言い聞かせてクローゼットからファーのついたコートを取り出した。

「あ、何?もう行っちゃうの?」
「行くよ、これでも忙しいんでね。トムさんもそろそろ準備しなきゃダメなんじゃないの?事務所で可愛い可愛い後輩が待ってるんでしょ」

臨也の言葉でトムはベッドに備え付けられたデジタルの時計をちらりと見てから、あからさまなため息を吐いた。もうこんな時間なのかよと嘆いている。

「お前とエッチすんのすげぇ気持ちいいけどなんかねちっこくて疲れるんだよなぁ」
「何それ?褒めてんの?貶してんの?」
「…やみつきになるってこと。だって上手いんだもんお前」

ああ、今まで付き合ってきた奴んなかで2番目に上手いかも。トムはふぁと大きなあくびをしながら明日の天気でも話すようにさらりと言ってのけた。

トムの男性遍歴やセックスの順位になど興味はなかったが、思わず一番は誰だよと聞きたくなるような言い方だった。でもすぐにあの堅気ではない片目の男の姿が思い浮かんだので、口には出さないでおく。このビッチめ。

「ていうかさぁ、男いけんのに何でシズちゃんは相手してやらないの」

常々考えていた疑問をぶつけてみると、トムの顔色が明らかに曇ったのがわかる。わざと軽く聞いてみたが、これがトムにとっての地雷であることは容易に見て取れた。あの化け物がトムに片思いをしているなんてことはとっくに知っていた。多分これは情報屋だからとかそういうことじゃなく、見てれば自然と気付いてしまうようなあからさまなことだ。

静雄の名前を出した途端黙り込んだ相手を思いやることなく臨也は話を続けた。

「だってさ、シズちゃんってトムさんのこと好きじゃん。気付いてないなんて言わせない。バレバレだよ。もしかして逃げてるの?」
「…逃げてる、か。そうかもなぁ」

自嘲気味に呟かれた言葉はどこか軽く響いて、この男の本質を見た気がした。

「俺にとってのあいつは大切な大切な可愛い後輩。ただそれだけなんだよ。正直、俺は男相手に本命作る気ないからよ、あいつの気持ちが、重い」
「ああ、シズちゃんって異様なまでにトムさんに執着してるもんね。」

10年もの長い間同じ人を想うというのは一体どういう気持ちなのだろうか。静雄の想い人である目の前の男は、誘われたなら誰にでもほいほい足を開くような、そう、大事な後輩の天敵にもかまわず誘われるような愚か者なのに、馬鹿な静雄はそれに気付かない。ああ、なんて滑稽なのだろう。

「そういう所が可愛いんだけどな。悪いけど、あいつの気持ちに答えるつもりは毛頭ないよ」

トムはほとんど灰になった煙草を灰皿に押し付けて、意地の悪そうな笑みを浮かべた。臨也はトムに聞こえないように小さく舌打ちをした。
静雄の気持ちに向き合わず、あえて気付かないふりをして場を流して、誤魔化して、毎日その繰り返し。逃げることが特技だなんて自慢にもなりはしない。

「トムさんって本当にみどころのない人だね。シズちゃんに押し倒されでもしたらどうするのさ」

全くの仮定だったが、あのイレギュラーな化け物のことだ。そういう可能性も考えないわけでもない。

「まぁ、そん時はそん時で考えるけど、静雄が俺に手を出す度胸があればの話、だな」

相手は全く持って余裕の態度を崩さない。これも長年の付き合いで相手をよく知ってるからこそ言えるセリフだった。

「じゃあさ、俺がシズちゃんを奪っても、文句ないよね?」
「ん、あいつを幸せにしてやれる相手なら俺は誰でも大歓迎だよ。むしろ応援したいぐらいだ。」

だからお前は不合格な、
眼鏡の奥でまるで嘲笑うかのようにトムは言う。彼の前では決して見せることのないその笑みは完全に悪い男のそれだった。
端から静雄を狙う気はなかったが、こうも完全否定されると妙に気分が悪い。(シズちゃんはこんなやつのどこがいいんだろうか、)

はじめにトムに近づいたのは興味があったからだ。あの化け物を手懐けて、あまかつ恋心を抱かせる相手とは如何なる人物か単純に興味があったのだ。
そうだ、はじめはただの好奇心で近づいて、化け物の大事な人を汚したらどうなるのか、化け物はどういった行動を見せるのか試してみたくて臨也はトムを抱いたのだ。
トムは呆気ないほど簡単に誘いに乗ってきて現在の関係に至るが、トムと関係を持ったことを静雄にはまだ告げていない。本来の目的である『静雄の想い人を奪う』行為は成功したのに、まだ言えてないのは理由があった。

臨也にとってのたったひとつの誤算であり、たったひとつの大きなミスは、自分がトムに惚れてしまったということだ。

(こんなの絶対信じない…)
本気になるはずじゃなかったなんてただの言い訳だった。自分がこんな安いチンピラのような男に惚れてしまったのは変えようのない事実である。抱く度に具合が良くなる魔性の体に、征服欲をそそる表情、ふわふわと雲のように掴みどころのないこの男を屈伏させたいと思っているうちに深みに嵌ってしまった。
悔しいなんてもんじゃない。言いようのない気持ちを身の内に秘めて臨也はポケットのナイフを握りしめた。

「なぁ、」

唐突にトムが口を開く。こちらは一切見ずにテレビのリモコンを操作している。画面には大して面白くもない朝のバラエティが映っていた。

「悪いけど、俺はお前にも本気にならねぇよ」

お前、俺のこと好きなんだろ?
重くもなく、けれどもしっかりとした言葉を紡がれて臨也はどきりと心臓を軋ませた。

「…なんのこと?」
「お前が否定しないってことは本当なんだな。悪い、かまかけてみた」

トムは何事もなかったかのように近くに落ちているシャツを拾い上げた。昨日の情事の名残を肌に残したまま、皺の寄ったシャツを羽織る。
してやられた。と臨也は思ったが、トムは別段気にした様子もない。まるでこうなることがわかっていたかのような振る舞いだ。

「男にモテモテで困っちゃうなおい。」
「…女は作らないの?」

臨也の調べではトムには決まった相手はいないはずだった。まぁそれでも男より女のほうが可能性はあるだろう。

「あいにく、こんな容姿じゃ好みの女の子は寄ってきません!ああ、でも、ヤらせてくれる女の子ならいるよ」
「最低」

見た目も性格も大して良くない。それでも惹かれてやまない何かがこの男にあるというのだろうか。それがわかったら苦労しないが。

「はは。お前も静雄もこんな最低なやつのどこがいいんだろうなぁ」

新しい煙草に火をつけて、トムは白い煙を再び臨也に向かって吐き出した。副流煙を思いきり吸い込みながら、そんなのこっちが知りたいと、臨也はトムの頭を引き寄せて乱暴にキスをした。
















それは不毛な片思い



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