体を蝕む震えに目を覚ますと、いつもよりも体が重くて熱いことに気づいた。
同時につきりと痛んだ頭にも違和感を感じて、静雄は不快感に身を捩る。

寝返りをうった所で、掛けていた薄手の毛布を引っ張ってしまい隣に寝ているトムがううんと呻く。今ので彼を起こしてしまっただろうか。

「…ん…しずお…?」

薄く目を開いたトムと目が合って、静雄は慌てて起こしてしまってすんませんと、ひどく掠れた息で言った。思ったよりも上手く声が出なくて彼にちゃんと伝わったのかわからない。喉がとても渇いていた。

酸素を求めるうように荒い息が止まらなくて、風邪でもひいてしまったのだろうかと、熱に浮かされた頭でぼんやり思った。
熱い。熱い。水がほしい。

「おい、静雄大丈夫か?顔真っ青だぞ」

断続的に聞こえる苦しそうな呼吸に心配になったトムが声をかける。彼の睡眠を妨害してしまい申し訳ないと思う反面、体調の変化に気づいてもらえたことが嬉しくて静雄はトムの手をぎゅっと握った。

一方手を握られた方のトムは静雄の手の熱さにおののいた。

「お前かなり手熱いぞ!」

「…んっ、…そう…っすか…」

血の色がなくなった顔には、大粒の脂汗が浮かんでトムの心配を否応なしに煽った。
それでもトムを心配させたくなくて気丈に振る舞おうと、はふはふと荒い呼吸で、大丈夫…と言う。
しかしそれが逆効果だったようで、静雄の小さく弱々しい声にトムが驚いた。
普段の痛みに強い静雄を見慣れているせいか、今のこの様子は明らかに異質だと感じたのだ。

「おいこりゃ大丈夫じゃねぇだろ…薬は……って、あーそういやこないだ使ったので切れちまってたなぁ」

自慢のドレッドヘアーをぐしゃりと掻いてベッドから出るトム。一応がさがさと棚の引き出しの薬箱を漁っているようだが、彼の予想通り風邪薬は切らしているようだ。

薬がないとわかるとトムはすぐに近くにある適当なシャツを羽織った。その足でキッチンに行き冷えたミネラルウォーターを持ってきて、飲めるか?と静雄に差し出した。
トムの手からごくりと水を飲み込んで、カラカラに渇いていた喉が潤いを取り戻す。
彼はよく気のつく恋人だった。いつだって自分の心を読んだように先回りに優しくしてくれるのだ。

飲みかけのペットボトルをベッド近くの棚に置いて、トムは静雄の傷んだ金髪を撫でた。
「静雄、すぐ戻ってくっからいい子で待っててな、ちょっくら駅前のでかいコンビニ行ってくっから」

トムはくしゃりと汗をかいた静雄の額の前髪を掻き分けて、白い額に柔らかなキスを落とす。唇を離した後、今のはちょっとキザっぽかったかなぁとトムは気恥ずかしげに頭を掻いた。

それはもちろを静雄も同じで、うぅと照れたようにトムから顔を逸らした。トムとの付き合いは長いが、未だにキスや愛されることに慣れなくていちいち恋人らしいやりとりに赤面してしまう。全く………情けない。

「お前やっぱり熱高いなぁ。」

「…です、かね…自分じゃよく、わかんないっす…」

そういえばここ数年風邪なんてひいていなかったと言えば、トムは納得したようにそうかと頷いた。

再度トムの手が静雄の髪へと伸び、するすると頭を撫でる。

「じゃあひとっ走り行ってくんべ」

「ト、ムさ、あの、わざわざすみませ……」

「しーずお、病人は何も気にしないでいいんだよ」

くしゃりくしゃり
静雄と比べれば幾分か小さい手のひらが今日はいつもより大きく感じられて、頭から安心感に包まれる。
触れられた箇所が気持ちよくて静雄はゆっくり目を閉じた。先ほどより痛みが落ち着いたように思う。

「トムさん手気持ちいい…」

「そら良かった」

昔から変わらないトムの温かい手が髪を梳く。
不思議とトムに触れられるとそこから痛みがすっと和らぐ気がするのだ。彼の手は魔法の手みたいだと子どものように思って、心地よい感覚に身を委ねた。
頭がふわふわして、じんと幸せに包まれる。

いくら池袋最強と恐れられようが熱には勝てない。

人から畏怖される存在の自分が、ただの風邪でダウンだなんて、まるで普通の人間のようだと静雄は思った。
ナイフさえまともに刺さらない体が風邪なんかにやられている。こんなことが周りに知れたら、きっと世間は笑うのだろうか。馬鹿にするのだろうか。

「寝るまでついててやるよ」

彼の優しい声が耳をくすぐる。

体が体調のせいではない何かでじんじんと熱を持っていく感覚に気づかないまま、暖かい手に包まれて静雄は眠りに落ちた。











魔法使いの恋人







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