*とにかく甘い






「すみません、すみませんトムさん」

「いいっていいって。あんま気にすんな」

トムが怪我で入院をした。
原因は取り立ての最中に静雄が投げた標識だ。

もちろん標識はトムを狙ったわけではなく、いつも通りに静雄をキレさせた借金滞納者に向けて放たれたものだ。
だがその借金滞納者はあろうことか飛んでくる標識を避けたのである。
しかし、ここは通行人が多い池袋。ただでさえ人でごった返しているというのにターゲットを失った標識はその人混みへと突っ込んで、今まさに母親と遊びに来たであろう小さな女の子にぶつかろうとしていた。

「危ないっ!!!!」

トムはとっさにコンクリートを蹴って、女の子の前に両手を差し出す。気付くと両手で静雄の投げた標識の攻撃を受けていた。

もちろん常人であるトムにはものすごい衝撃だったが、当たりどころがよかったのか幸いにも腕の骨折程度で済んだ。
しかしその時に転んで頭を打ったりもしたのでしばらくの安静を余儀なくされ、こうして病院のベッドにお世話になっているというわけだ。

両手が使えないのはまぁ色々と不便だが、神経も傷ついておらず綺麗な折れ方をしたそうで、治りは早いと医者は言っていた。治り次第ですぐに退院できるようなのでトムは安堵する。頭も特に問題はないようで、とりあえずはひと安心というところだ。

それはもちろん自分のためだが、それより落ち込んでいる静雄をあまり心配させずに済んで良かったと思う。

あの後すぐに我に返った静雄が救急車を呼んで病院に搬送されたのだが、その時の静雄の顔は見ているこっちが切なくなるほどに辛そうだった。
トムさん死なないでください!死なないでください…っ!
頭を打ったトムの霞がかった意識の中で静雄の泣きそうな声だけが反響していた。あの時の声は多分一生忘れることはないだろう。

あの日から静雄は毎日お昼休みに決まってお見舞いに来てくれる。
今日は入院して4日目の昼。時計の針は13時を指している。昼飯も済んで食器も片付けられたこの時間。そろそろ静雄が来るころだろう。

コンコン

タイミングよくノックの音が鳴る。恐る恐ると開けられたドアからは見慣れたバーテン服が覗いた。

「おう静雄、毎日悪ぃな」

「トムさん…」

ぱたぱたと犬のようにこちらに駈けてくる静雄。その手にはコンビニの袋が握られており、中からはトムの愛煙している煙草の箱が入っていた。

「悪い悪い、ここに俺の吸ってる銘柄ねぇからよ。正直すげぇ助かる」

ありがとな。安心させるように笑うと、静雄は俺のせいですみません…と何回目になるかわからない謝罪の言葉を口にした。

「だーからーもういいって。女の子に怪我はなかったし、あの後借金回収もできたし、次から少し周りに気ぃ使ってくれりゃあそれでいいよ」

「………ト、トムさんは優しすぎます。俺、いつもトムさんに迷惑ばっかかけてるのに…っ」

「しーずお?俺は一回も迷惑だなんて思ったことねぇよ?俺さ、静雄のこと好きだから簡単に許しちまうんだよ」

惚れた弱みってやつか?トムは見舞い客用の椅子に腰かけている静雄に笑ってみせる。それでもまだ納得できないのか、微妙な表情でしゅんとうつむく静雄。

「うう…でも、」

「おいおい、いい加減にしないとトムさん怒るぞー」

気にしてねぇって言ってんべ?
冗談まじりに口に出せば、今まで落ち込んだ顔をしていた静雄も、少しだけはにかむような可愛い顔付きになった。

「もう、トムさんにはかなわないっす。…でも、本当にこのままだと俺が納得できないんで俺に出来ることがあったら何でも言ってください…!」

「あーだからー、はぁ…」

あくまで譲らない静雄に、どうしたものかと思ったが、数秒後にトムの頭に悪い考えが浮かんで唇を三日月に歪ませた。

「トムさん…?」

「…じゃあさ静雄、ひとつお願いがあるんだけど聞いてくれるか」

それで今回の事はチャラな。もう言うなよ?

そこまで言ってトムは静雄の目をじっと見つめる、トムが何をしたいか悟った静雄は静かに目を伏せた。トムはベッドから動けない為に、静雄がおずおずベッドに手を付いて唇同士を触れ合わせる。弱い上顎を舌で舐められて、静雄はびくりと肩を揺らすがトムはお構いなしに口内を侵していった。
キスの音だけが支配する真っ白な病室は、周りから隔離された空間を思わせる。

唾液でぬらぬら光る唇を見せつけたトムが情欲のこもった目で静雄を見上げる。

「…なん、ですか、」

静雄は自らの熱くなった体を意識して体をよじらせた。トムはそんな静雄の耳元でまるで媚薬のようなささやきを向ける。

「いれたい」

「…い、入れたいって…トムさん手使えないんじゃ…!」

「うん、だから静雄にリードしてもらって騎乗位ってやつをだな、やってほしいわけよ俺は」

「きっ…!」

悪魔ような天使のようなトムの低い声に静雄の背筋にびりびりと微弱な電流が走った。まだキスしかしていないのに期待に満ちた下半身がしっかり熱を帯びていた。

「…嫌か?」

「…と、とんでもないっす!でも、俺、下手だと思うんで、あんまり期待とかしないでくださいね…」

そこまで言うと静雄は静かに靴を脱いでトムのベッドに上がった。トムに逆らうという考えははなから静雄にはない。キスで高ぶった体はすんなりと病室での情事を受け入れた。




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