小説 | ナノ



見えない手で、包み込む

※伏見が成人してる設定

※恋愛要素なしなつもりです



「室長、伏見君のことですが」
「伏見君?」
「はい。八田美咲にあれほど好戦的な態度をとるのは何故でしょうか?」
宗像は息を一つつき、
「それは、個人的な質問ととって構いませんか?」
言葉を無くす淡島に、少し意地悪そうに笑った。
「べつに構いませんよ。君が仕事以外の質問をするのは珍しいと思いまして」



その日は仕事は早く終わったが、考えごとをしているうちに時計は23時を指していた。
帰る支度も済んでいるが、まだここを離れる気分ではなく、頬杖をついた。
「…淡島副長?」
聞き慣れた、少しダルそうな、でもどこか甘い声。
「伏見君、残ってたのね」
「今日は仕事多かったんで。副長も仕事ですか?」
まさかあなたのことを考えていたなんて言える訳がなくて。
「そんなところよ」
曖昧な対応を気にした様子はなく、そうですか、と答えた伏見は荷物を鞄につめている。
もう帰ってしまうのだろう。
「ねぇ、少し付き合いなさい」
「は?っ、冷たっ」
驚いたのかまばたきを繰り返す伏見の顔にお酒を突き付ける。
「そりゃあ、冷やしてあったのだし」
ちっ。と、小さく舌打ちした彼に笑いが溢れる。
もう帰りたいと思っているだろうから、ちょっと申し訳ないとは思っているのが伝わってるだろうか。



「俺が断れないの、知っててきいてますよね」
伏見は淡島をずるい人だと思うのだ。
「もちろん」
伏見の心情を知ってか知らずか。
「私は、もし伏見君が私の部下でないのだとしても、あなたは断らないと思うの」
さらりと、そんなことを言う。
当たってるかもしれないと思いながらも完全に肯定するのは納得いかないので、
「そんなことないかもしれませんよ」
いいながら、目をそらして隣に座る。
「そうかしら。やっぱり断らないと思うわ。だって伏見君、結構優しいもの」
ほら、これだから質が悪い。



『伏見君は、ただ、八田美咲の一番になりたいだけなのでしょう』

宗像が語ったのは、その一言だけだった。



隣に目をやると、普段は真っ白な肌をほんのりと朱に染めた伏見の姿が。
「副長、…酔っぱらいの戯言だと思って、俺の話聞いて下さい」
少なくとも短いとはいえない時間を、彼とはこのセプター4で過ごして来た。
その中でこんなことを言われたのは初めてで頬が緩むのを感じた。
絆、そのようなものができてきたのだろうかと思うと嬉しいのだ。
「何笑ってるんすか?」
「ごめんなさい。不愉快だったかしら?」
伏見はかぶりを振ってから、酒を口に運ぶ。
コップを置いて、目は合わせずに、静かに、
「俺には美咲しかいなかったんです」
美咲とは、吠舞羅の八田美咲のことで間違いないだろう。
伏見がこれほどまで執着する相手など彼しかいない。
「俺は美咲さえいればそれで良かったのに。美咲も同じ気持でいるって、そう思ってたのに」
黙って聞きながら伏見の背中に手を乗せる。
いつもなら振り払われてもおかしくないくらいなのに、彼はそれに何もせずに続けた。
「美咲は尊さんが一番大事になって、俺はアイツにとって仲間の一人にすぎないってわかって…」
そこで一旦区切り、伏見はコップに残ったお酒を全て飲みほす。
「俺は一人に戻ったんです」
コップを無造作に置いて机にうつ伏せた彼の髪を撫でた。
八田と共にあったころの伏見を想った。
彼の世界には、彼と八田美咲しかいないのだ。
もう少し、周りを見ればいいのに。
一瞬でも見渡せば、伏見を大切に想う人達がたくさんいるのだから。
でも、そんなこと教えてやらない。
いつか気づいてくれるだろうか。そんなことを考えながら伏見を抱きしめる。
黙って自分の腕のなかにいる彼はこんなにも小さかったか。
口の中に残る酒の味はほろ苦かった。
多分、八田の一番になりたいのだろうという宗像の言葉は間違いじゃない。
でも、それよりも、伏見は寂しがりやなのではないかと思うのだ。