小説 | ナノ



恋情という名の花よ、咲け

※「その恋情、お取り置きしてました」←こちらの続き
※サバキチこじらせた遙さん


【SIDE:H】

 うちの大学の食堂の利用の仕方は、まず食券を券売機から購入し、それと引き換えに食べ物を受け取るというよくある形式をとっている。引き換える場所には列が二列あり、松岡兄妹がそれぞれ受け渡しを担当していた。
 松岡兄に恋して以来、俺はずっと彼の方の列に並び続けている。少なからず会話ができたり、食券を手渡すときに指先が触れたりするだけで胸が高鳴った。鯖のおしえてくれた通り、たしかに恋をしたのだと思う。

 今日も今日とて松岡兄の列に並び、受け取った鯖の味噌煮を食した。
 うまかった。もちろん鯖をあいする俺は、どんな鯖でもあいし、そして受け入れる器があるのだが、今日の鯖は格別だった。絶品だ。家なら泣けたかもしれない。俺の好みにドストライク、良い鯖だった。
 食器をのせたトレーを返却に行くと、今日の食器洗いは松岡で、彼に向かってトレーを突き出して、

「今までで一番うまい鯖だった」

 何かしら話したくて一言そう言った。

「それ、ほんとか…?」

「ああ」

 当然のことだ。俺は鯖に嘘はつかない。

「そっか、そっか…。……よかった」

 松岡が洗いものをしていた腕を休めて、白い頬を赤く染めて微笑んだ。
 鯖より大切なものなんてなかった。なのに、俺は松岡の笑顔をずっと見ていたくて、まもりたいと思う。


【SIDE:R】

 最近気になる奴がいる。いつも同じ(食堂の)席で、いつも鯖を食べている男だ。名前は知っている。七瀬遙といって、整った容姿と変人っぷりでそこそこ有名な学生。江に言わせれば『かっこいいけど好みじゃないよ。でもでも筋肉は好みかも。…もちろん私はお兄ちゃんが一番!』だそうだ(江がかわいすぎる、兄ちゃんもおまえがだいすきだ)。
 俺が七瀬を気にする理由はイケメンだからじゃなくて、ちゃんとした理由だ。七瀬がうまそうにご飯を口に運ぶ姿が印象的だったからだ。しあわせだというのが伝わってくる程、それはそれはうまそうにものを食べる。そんな七瀬を見ていたら、俺の頬が緩んでしまった。

 ここの食堂で働き始めて一年もたたない俺の仕事は、食事の受け渡しや洗いものが基本。料理はなかなかさせて貰えない。
 毎日七瀬の食べる姿を眺めているうちに、いつしか自分の作った料理を食べてほしいと考えるようになった。だから無理を言って七瀬がよく食べている鯖の料理、鯖の味噌煮を作れるように練習をした。もともと煮込み料理は得意じゃなかったけれど、七瀬の喜ぶ顔を思い描いて頑張った。
 練習を始めてから二週間、先輩から俺の作った鯖の味噌煮を商品にしてもいいとお許しをいただけた。とにかくうれしかった。

 いざ自分の作った料理をのせたトレーを七瀬に手渡すとなるとすごく緊張してしまった。初恋だった女の子に告白したとき以上の緊張で、己にびっくりだ。

「…どうぞ」

 小さな声で言うと、七瀬は不思議そうにトレーを抱えて定位置に腰掛けた。いつもなら、俺はしばらく七瀬を眺めるのだけど、今日ばかりはできなかった。気になるけど、怖い。味見はたくさんしたし、江も美味しいと言ってくれたのに、もしも七瀬の口に合わなかったらと思うと悲しくなる。

 洗いものをこなしていると、ついに七瀬がトレーを返却しにやって来た。食器は空だった。それだけでひどく安心した。とりあえず彼が食べれるものに仕上がっていたらしい。

「今までで一番うまい鯖だった」

「それ、ほんとか…?」

「ああ」

 七瀬が言ったことが信じられなくてきき返したら、にこりと笑顔つきで頷いてくれた。

「そっか、そっか…。……よかった」

 よかった。うれしくて仕方がない。
 自分で作ったものを美味しいと言って貰えることが、こんなにもうれしいなんて知らなかった。
 また、作ろうと思う。次は塩焼きにしようかと計画する。なんだか鯖料理のレパートリーが増えそうな予感がした。

 このときはまだ七瀬に喜んでもらえたのがうれしかったのだと、七瀬だからうれしかったのだと気づいてはいなかった。



*[咲耶さまへ